風化-18-
-The beginning of another story.-









カラン、と飲みかけのアイスティーの中の氷がゆれる。
それに合わせるかのように、汗をかいたコップから雫が
テーブルにあとを残した。


人が疎らなオープンカフェ。
此処から大通りの騒がしい景色や音は遠く、
代わりに青々とした葉っぱをつける美しい樹が視界を満たす。
夏の青空の下、それは人工的では有るが、とてもすがすがしい。


今日は休日。
都大会を明日に控え、今日は部活がオフなのだ。


学校の校則に囚われずに済む休日。
何時もきている制服の変わりに私服を着て
何時も縛っている髪の毛は縛らずに垂らしていた。



何時の間にか肩より少し伸びた髪の毛。
どれだけの時間がかかったのかよくわからない。
夏の暑さの影から涼しげな風が吹いて、そっと髪の毛を揺らしていった。



そっと其処へ手をもっていく。
あの日には無かった髪の長さが其処にある。














あの人と別れたすぐのあの頃。
髪は肩につかない程度ではっきりしない自分の気持ちに比例するように
肩すれすれにゆれていた。


あの頃は本当に精神的にボロボロで、
自分が一番惨めに見えた。
中途半端な髪の長さも寂しさを飾り立てるようで余計にそう、感じてしまった。





あれから時間が経ち、自分の気持ちの一区切りがついた今
髪の毛はあの頃の中途半端な長さからロングと呼べるまでになり
今までの苦しみはほんの少し軽くなった。



今考えれば、本当に壮大な恋をしていたんだと思う。
辛くて、部活をサボった事だってある。
昔は、本当に好きだったんだ。好きで、好きで。
ただ、毎日同じ時間を供給できる事が幸せで
それ以外のことは、何も望まなくても良いほど。
だから、その幸せを失った時は心がちぎれそうだったのだ。
薄々気付いていたのだ。


手塚が違う、別の人を見ていると。





彼女―と私は一年生の時クラスが一緒だった。
明るくて、頭が良くて、誠実で可愛いは誰からも好かれる存在だった。
私ももちろん、可愛いが友人として好きだったし、
仲良くするクラスメートの一人としてみていた。


あの言葉を聞くまでは。



放課後、私は委員会の仕事を終え、忘れた宿題の教科書を取ろうと教室へ向って廊下を歩いていた。
そして、教室の前まで来ると、
人気の無い廊下に教室の中の声が小さく響いてきていて。
盗み聞きをするつもりではなかった。
聞こえてしまったのだ。




って、手塚君のことが好きなんでしょ?」
「えー・・・そう見える?」
「見える見える!!」
「しょっちゅう見てるもんね!」
「そんなぁ、バレバレな行動とってたのかな、私」





楽しそうに会話をする、とその友人達。
何処にでもある、放課後の会話だ。
ただ、其処に手塚という名前があって、そのワードに私は固まってしまったのだ。




が手塚を好き?





ケラケラと笑う教室の中の声に、その場に居られなくて
静に其処を去った。
一刻も早く、其処から居なくなりたかった。
聞きたくはなかった。



誰も居ない通学路。
私は一人歩いていた。
ぼんやりと、会話を思い出す。
は、可愛い。男女問わず人気がある。


手塚と私は委員会がた同じで、結構話す。
最初は本当に固いやつだと思っていた。話しづらいと思っていた。
だけど、テニスをする時の彼の表情は本当に輝いていて。
時々部活をしている姿を見て、学生服とは違った彼の姿に
何故か胸が痛くなりだしたりして。
胸の奥をギュッとつかまれたような小さな痛みが心地良くて。




あぁ

そうだ、私は彼が好きなのだ。




そう自覚したのと同時に、一つの邪念が浮かんだ。
思いを伝えられないまま、彼が誰かと付き合うのを見たくは無い、という思いが。
私は、そう考え次の日に手塚に思いを伝えた。
私はその時、まさか手塚も私を好きだとは知らず、
彼が好きだといってくれたときには涙が出てしまうほど嬉しくて。
に対して生まれた自然的な罪悪感はすっかり姿を消してしまっていた。



中学一年の夏の事だった。





の気持ちを知っていて告白した私に天罰を。


そう、天罰だと確信した。あの日。
私はクリスチャンではない。ただ、もしそう、喩えるなら其れはきっと天罰だ。
クリスチャンだった親戚のお姉さんが言っていた、『隣人を愛せ』
私は良く、意味が解らなかった。
ただ、自分だけが不幸な気がしていた。


きっと、私と手塚が付き合うようになってから、はもっと辛かったに違いない。
謝る事はできなかった。
だって、彼女と私はただのクラスメートで。
そんな話はしたことが無く、私は彼女の恋心を知らないはずだったのだ。


彼女は、手塚と私が付き合うと知っていった。


「おめでとう」



その時、何故かモヤモヤしたのを覚えている。
今考えるとそれはきっと、嫉妬だったんだろう。
自分の好きな人がクラスメートと付き合うのに笑って「おめでとう」といえる彼女に。



酷い女は、私なのだ。



手塚と別れ、今ではが手塚の隣に居る。


正直、それを見て今もまだ心が疼く時がある。
これがなんなのかは、解らない。否、気付きたくも無い。


吹っ切れたはずなのだから。
気にすることは無いのだ。
私はもう、恋をしたくないのだ。いつか、笑える日がくるといい。













「ほぁら」





一人沈んでいると、太ももに何かがふれて
変な泣き声がした。

は吃驚して其処を見る。
一匹の、ヒマラヤンの猫が居た。




「ほぁら」
「・・・迷子?」




が困ったように笑うと、
その猫はもう一度鳴き、スリスリと頭をの手に押し付けた。
可愛い猫だ。



は小さく笑うと、その猫の頭を撫でる。
猫は気持ち良さそうに目を細めた。
そしてふぃっと顔を上げたかと思うと
トトッと植木の方へ走り去っていってしまった。




はその体制のままその姿を見送る。








アイスティーの氷はすっかり溶けてしまっていた。










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聖書・・・