風化-17-
-The beginning of another story.-
朝日が昇り数時間経ったテニスコートに
キャーキャーと耳障りな黄色い声が飛び交う。
「頑張って」という、カタチだけでも
応援しているようなものならまだ可愛い方で、
「手塚先輩素敵ー!」だの「リョーマ君こっち向いてー!」だの、
応援とは少々かけ離れた声が大半をしめている。
今日はその黄色い声がいつもよりも多いし、熱が篭もっていて。
毎度の事ながら激しく愛されているテニス部のメンバーを眺め、
は小さく溜息をついた。
グルリとテニスコートを囲む柵には黄色い声の持ち主たちが
ほぼ隙間無い程びっしりと群がっていて、
レギュラーの誰かがなにかをする度にキャー、と
女子特有の五月蠅い声を上げる。
今日は明後日に控えた大会前のハードな練習で
レギュラー同士の打ち合いが行われているので
その黄色い声はもちろんいつもの倍、だ。
普段緩やかな(といってもかなりハードだ)練習風景しか目にしていない彼女たちにとって、
お目当ての選手の優勢が見られるとあって
朝からずっとこの調子なのだった。
は陰に隠れながら仕事をこなしていたが、
その過程で彼女たちが少なからずとも邪魔になり思うように動けなかった。
しかも時折体に突き刺さる妬みや嫉妬の視線もいつもの倍で。
はうまく仕事が出来ないことに加えて
それをも我慢しなければならかった。
「、すまないがドリンクを作ってきてくれないか」
練習が始まり数分して、
水道でタオルの準備をしていたに乾が声をかけた。
は蛇口をしめると横に立っている乾の方に顔を向ける。
「ドリンク?」
「あぁ、まだ休憩にはならないのだが試合の合間の時間にとった方が良いと思ってね」
乾はそう言うと、女子生徒達が群がるテニスコートに視線を向けた。
もその先を見る。
黄色い歓声のなか、時折ボールを打つ音が聞こえてきた。
は乾へ視線を戻すと、分かった、と
首を上下に振り準備し終えたタオルの入ったかごをを持った。
レギュラー達は攻撃練習の半面班と
防御練習の全面班に分かれ、それぞれが攻撃、防御の
打ち合いをしていた。
しかも、半面側は防御の全面側から5球までに1ポイントでも
取れなければ、あるいは全面側は5球返さなければ
乾特製の『恐怖の乾汁』を飲まなくてはいけないらしく、
必死になっているのが解る。
はその様子と、まわりに群がる女子達を見て苦笑いを浮べた。
「じゃあ乾、色々大変だろうけど頑張ってきて」
立ち去り際にが軽い笑いを含んで言った。
乾は一瞬意図を取りかねて首を傾げた。
はその様子を見て笑いをこぼすと意味ありげに女子の群がるコートに視線を送り、
そのまま歩いて部室へ向かっていく。乾はが見たその場所を見ると
苦笑いを浮かべてあぁ、と返事をした。
さて、俺もあの騒ぎの中へ戻るとするか。
乾はが言ったように“色々大変な”場所へ足を向けた。
キャーキャーと騒ぐ女子生徒の後ろを通り抜け、
はドリンクの粉がある部室の中へ入った。
入ったのは良いが、物凄く蒸している。
夏の暑さがいよいよまとわりつくようなものへと
変わってきた証拠だろう。
は眉間に皺を寄せると、一番端にあるロッカーを開け
まだ買い足したばかりで箱に入ったままの袋を三袋掴むと
籠の中に入れた。
そしてロッカーを閉めるとそのまま窓を少し開けておく。
少しでも換気をした方が良いからだ。
ドリンクを作ったら閉めに来よう。
は風が気持ちよく入ってくる窓に眼を細めると
籠を持ち直して再び部室の外へ出た。
何気なくコートのほうへ視線を向けると、
丁度菊丸と越前が試合をしている所だった。
試合、というのは正しくないかもしれないが、
言い方は違えどとりあえず試合だ。
空のドリンクボトルと粉の入った袋を入れた籠を両手で持つと
試合の様子が少しでも見られる場所へ身体をずらす。
沢山のギャラリーの間から、色んな方向へ瞬時に反応する菊丸の
アクロバティックが見えた。
何だかこうしてみていると本当に猫みたいだ。
どんなコースの球でも俊敏に反応し、打ち返している。
これには流石のリョーマも悪戦苦闘しているようだ。
普段のふざけた英二とは違う。
はその姿を微笑んで見つめていた。
好きな事に関して自分の実力を発揮できるというのは素晴らしいから。
その瞬間が一番輝いているから。
菊丸が打ち返したボールは綺麗な弧を描いて
ボールだしをしていた乾の素へと飛んでいく。
あのままだと、打ち返せない。
がこれまでだ、そう思ったとき。
越前はそのまま突っ込み、後ろ向きでボールを打つ。
唖然とした。
まさかこんな柔軟なうち方が出来るとは。
これには菊丸も驚いたようだ。
だが、次に菊丸がボールを返した時
既に5球を守りきったところで。
菊丸は浮かれた様子で乾に越前に汁をたっぷり
飲ませろ、そう言っていた。
その後越前の放ったボールが菊丸の頭に軽く当った。
はその様子を笑いながら見つめると
ハッとしたように水道まで走り出した。
一生懸命な人を見るのが気持ちよかった。
それをサポートする自分の事も。
今まで嫌で仕方なかったのに、今ではこの忙しさにすら
充実感を感じる。
きっとこれには一つの気持ちの“区切り”も関係しているんだろうな
そんな事も思ったりして。
今、充実していればきっと大丈夫だ。
ドリンクを作ること、一つにも力が入った。
「・・・ドリンク、もらってもいいっスか」
「え?」
ドリンクを作り終えて、これから冷やしに行こうと籠に入れたとき。
不意にかかる声。
はそのままの姿勢で声の持ち主に視線を向けた。
そこには
顔を真青にした海堂がいた。
「・・・顔色わるいよ」
あまりの顔色の悪さにはギョッとして声をかける。
その声に、海堂はあの目つきでを見た。
「・・・乾先輩の・・」
「あぁ、アレ・・・」
海堂が言おうとした言葉の続きを引取ると
海堂はコクリと頭を上下に動かした。
そう言えばさっき、海堂は河村との試合に負けていた。
おそらくこの顔色の悪さは乾が作った、
変な汁の所為だろう。
は苦笑いを浮べ、籠に入れた一つを海堂に手渡した。
海堂はありがたい、と言わんばかりに其れを口に含む。
時々口の中をゆすいだりしながら。
その後、同じように越前もやってきて
大石も顔色が優れていなかった。
はそれを見つめ、あの汁だけは絶対に飲みたくないな。
そう思った。
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