風化-13-
-The beginning of another story.-





















学校を出る頃になると、そこはもう暗い世界だった。
部活中に倒れてから約1時間、
たっぷりと保健室のベッドで眠った。
こんな事はどうでもいいのだが、どうして保健室のベッドは
グッスリと眠れるのだろう。
軽い消毒液の匂いを嗅ぎながら清潔感溢れる、
白を基本とした淡いパステルカラーで統一されたあの部屋では
安心できるからかもしれない。



それにしても、こんなに暗くなるまで寝かしておいてくれるなんて。
私立とは云え、過保護すぎやしないだろうか。



そんな事を考えて、ふと
今隣を歩いている少年にもこの言葉が当てはまるような気がして
思わず声を出した。





「英二って、過保護だよね」

「にゃっ、過保護?!」




当然のことながら、いきなり過保護だとか言われた菊丸は
ビックリしてを見る。
身長差がそれほどない分、菊丸の大きな目がもっと見開かれてるのが良く見えた。





「うん。だって、こんなに暗くなるまで待っててくれて、
 荷物まで取って来てくれたし・・・過保護かなぁって思って。」




ね、過保護っていうでしょ。
と、首をかしげたに菊丸は視線を元に戻すと
うーん、と唸り声を上げて考え込んだ。

暗い道に、1m弱間隔で設置された電灯の光が落ちている。




「過保護かどうかは解んないけど、だって倒れたんだよー
 心配しないほうが変だと思うけどにゃ。」

「・・そういうものかな?」

「うん。目の前で人が倒れるって云うのはビックリっていうか・・・ 
 にゃんか怖いって云うか。解る?」

「怖い・・っていうのは解るけど・・・」

「それにはマネージャーで部員なんだから!
 部員である俺が最後まで付き添うってのは当然でしょ」




そう言ってニカッと笑った菊丸に
は驚いた。




そっか、私も一応部員なんだ。





そう考えたら、自分も
あの騒がしくて、楽しい部活のメンバーであるという事が嬉しくて
胸がポカポカと温かくなる。
それと同時に頬が緩んだ。





「そっかぁ。私も部員なんだね。」

「そうそう。だから、あんまり無茶とかはしないでほしいにゃ。」




試合をしているわけではないのだが
そういう風に心配してもらっている、という事がわかる。
菊丸は軽く云ったが、内容が気遣ってくれている物だったので
嬉しかった。


は小さく笑って、「やっぱり過保護だよ」と呟いた。








しばらくの間、2人の間に沈黙が流れる。
何も話す事無ひたすら帰路を歩く。


やがてが口を開いた。
黙っていられないタチらしい。
それは菊丸とて同じだったが、理由があった。




「英二って弟とか妹居るの?」




少しぼんやりとしていた菊丸は
いきなりの質問に驚いてを見る。
このパターンは、本日二度目だ。



「いんや、兄ちゃんと姉ちゃん2人ずつで下には居ないけど・・にゃんで?」


その菊丸の答えを聞いて
は不思議そうに首をひねった。



「何か、下に兄弟いるって感じで扱ってくれてるって言うか・・・そんな
 感じがしたから。そっか、お兄ちゃんとかからそういう感じもらったんだ」

「にゃんだよー、意味がわからないにゃ」

「あぁ、ごめんごめん。私兄弟いないから。ちょっと羨ましくなっちゃって。」

「一人っ子?俺はそっちのほうが羨ましいけど・・」

「羨ましい?」

「一つの物を一人で独占できるって言うか・・親の愛情みたいなのも
 人一倍かけてもらえるって云うか・・・」




マザコンとかそういうんじゃなくって、
と口をモゴモゴとさせて言葉を考える菊丸に
は苦笑いした。


やっぱり、兄弟の多い家庭では
こういう考えが一般的なんだろうか。
親友の由紀子にも前、そんな事を言われた記憶がある。





「他の家ではそうかも。家は両親揃って取締役とかだから
 あまり家には居なくてね。たまにうちに居るって思えば
 すぐに呼び出されて居なくなっちゃうから。
 殆ど一人暮らしに近いかも」



寂しそうに笑ったの顔を、菊丸はじっと見た。
視線がそらせなかった。

明るい彼女の奥には
こんな寂しい状況もあったのだという事を見せられたようで
酷く悲しくなった。




「ゴメン・・俺、何にも知らなくって・・」


しゅん、とうなだれた菊丸に
は困ったように微笑んだ。
そして小さく首を振ると何時ものように笑った。




「いいよ!私寂しくなんか無いから。
 テニス部のマネージャーになってから皆が私の兄弟みたいなもんだから」




そう言って笑った彼女の笑顔が、
菊丸には何だか眩しかった。
あれほどテニス部にいる人間に苦しめられたのに
部員を兄弟みたいだと言う、は強く見えて。



胸が切なくなるのは、きっと彼女の強さを見たからだ。



そう自分に言い聞かせて、菊丸はやんわり笑った。











そんなことを話しているうちに、
T字路に差し掛かる。
此処を真直ぐ行けばの家がある。
菊丸とは方向が違った。






「じゃぁ、私ここで」




真直ぐに進む道に足を向け、
は隣に居る菊丸に声を掛けた。
菊丸はいつもの事ながら
うん、と答える。


それから少し考えて、家まで送るよ?と
聞くと、は一瞬驚いた顔をして
笑いながら首を横に振った。



「もう、大丈夫だから。」

「・・・





有難うね、と笑うが菊丸には
なんだか遠く感じた。
否、遠くではなく、強く感じたんだろう。




は少し緊張した面持ちで
再度菊丸に笑顔を向けた。
それから、小さいけれどしっかりした声で
呟いた。










「私、もう手塚のことは吹っ切れたから。」













風が、吹いた気がした。




今、自分の前で笑う彼女は強く見えた。
彼女の目には迷いとか
そんな半端な色は映っていなかった。







「それ、云いたかっただけだから・・・じゃぁね、英二。」







驚いて何もいえない菊丸を見て
苦笑いにも似た笑顔を浮べると
は小さく手を振り
真直ぐ伸びる道へ走っていく。





セミロングより少し長い髪の毛が彼女の小さな背中でゆれているのが
暗闇の中、街頭の下で見えた。







菊丸はその姿を見送ると
静に目を伏せる。
の笑顔とは裏腹に、菊丸は笑顔を浮かべる事が
出来なかった。















今さらになって、想いはどんどん深くなっていく。
どうして、こんな時に俺は彼女の傍にいるんだろう?
吹っ切れたといって笑った君に、
思わず嬉しくなってしまった俺は、最低な人間なんだろうか。










「・・・・・・・」




さっき呟いたよりも熱が篭っていたのは
きっと気のせいだろう。










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