風化-12-
-The beginning of another story.-





















「何・・」




泣きそうになるのを堪えるのが精一杯で
ボトルを拾うという事も出来なかった。





目の前には手塚が居る。





何時もと変わらない無表情なのに
何故か怒っているような、そんな感じがする。






アタシが、一体何をしたっていうの?







真直ぐと見つめるその瞳は怖い。




付き合っていた頃は、その優しい瞳が好きだったのに。







・・・いい加減、慣れなくてはいけないのは解ってる。
でも・・・










「・・・何をしている」






静で、小さくて低くて聞き取りにくい声だったのに
はっきりと耳に届いた。




「何って・・・何も・・」




負けたくなくて睨んだ。
何について負けたくないのか訳がわからなかったけど
そうでもしなきゃ泣きそうだった。






手塚は突っぱねるを少し冷めたような目で見つめると
溜息を短くついて、の足元に転がったボトルを拾い上げて
水道の上に置いた。






「マネージャーとして働くなら
 他の事に気を取られるな。いいな。」




「・・・・」






手塚はそのままコートから出て行く。
恐らく竜崎先生の所に行ったのだろう。




手塚がその場所を去ってからも
は動けなかった。
震えていた。




悲しみよりも、恐怖や怒りが体の中に渦巻いていた。






あの、冷たい目はなんだろう。



他の女子になら絶対見せないだろう、ああいう目は。
そして、にも。

絶対。




アタシがもう用済みの女だから?
マネージャーとして自分の領域に入ってきたから?




なんなの、それ。






ずっと悩んでた自分が馬鹿みたいに思えてきた。





私は、あんな冷たい人を愛してた。
信じられない。






もう、誰も愛さない。












「・・・っ」



クラリと目の前の景色がぼやける。


目の前が真っ白になった。
腕の中にあった、ボトルの存在感も薄れて
ただ、目の前が真っ白になった。






「・・・!!」



目を閉じる直前、英二が叫ぶ声を聞いた気がした。
































教室の扉を開けると
其処は夕焼けの光が注ぐ綺麗な世界。



彼女はそこで、窓際に座って本を読んでいた。
教室の戸を開けた人物のほうへぼんやりとした目を向けて
誰が自分の名を呼んだのか理解すると
その声の主の姿を見て首をかしげた。



「・・・国光?」






夕日がまぶしい。
眼の奥がツーンとする。


手塚は歩いて、否むしろ駆け寄るようにして
の元へ行った。


椅子に座ったままのを、椅子の背もたれごと抱きしめた。

はびっくりしたように
手塚を抱きしめ返す。



「どうしたの、国光」



優紀は首筋に当たる手塚の髪の毛に
くすぐったそうに身をよじりながらそういった。



に逢いたくなった」



手塚はの肩口に顔を押しつけたまま小さくつぶやく。
その答えにはクスクスと笑い声を漏らした。



「困った部長さんね?」
「…それの何処が悪いのだ」



肩口から顔を離し、
手塚はの顔の前で目を細め見つめた。
はその目に自分の視線をからみつけると唇を寄せる。
手塚もの後頭部に頭を添えて引き寄せた。


触れるだけではなくどんどん深くなるそれに
は苦しそうに唇を離す。




「国光、部活中でしょう」


は手塚の首に腕を回しながら言う。
手塚はそのの腕をとってもう一度深く口付けけると目を伏せてつぶやいた。




「かまわない…」





その時何故か心の奥に浮かんだのは
自分をにらむ、綺麗なあの目だった。

笑顔を久しぶりに見た。
涙を流しながら河村に笑いかけるあの笑顔。


何故、こんなにも気持ちが荒れるのだろう。




「国光、今日変よ?」




の言葉は小さく響いた。


それだけだった。






















「…過労ね」



を保健室につれてきた時、
運よく保健医の先生が帰る所だった。


先生は菊丸がおぶってきたをベッドに寝かせて
脈を見ながらそう言った。




「過労…?」




菊丸は先生の隣で
の青白い顔と先生の動きを見つめて聞き返す。
脈をとり終えた先生は振り返って、
掲示板の上にかかった時計を見て答えた。



「肉体的か精神的かと、決めたら精神的なものね。何かあったの?」





菊丸は一度に視線を落とすと
疲れたように目を閉じて眠る様子を見つめた。
そして首を横に振る。




「解らないにゃ。」





その様子の菊丸を見て、
先生は小さくそう、と声を出すと荷物を纏め始めた。







嘘をつくのはあまりいい気分じゃない。
だけど、内容が個人的なもの過ぎて表に出すのは
絶対にを傷つける。



人間って、ホントに良く出来てるよな。








「菊丸君、さんの荷物ここに持ってきてあげて。
 目がさめたら帰っていいから。」



「・・・はい」




先生はそう言い残すと保健室から出て行った。
会議があるらしい。


菊丸はその背中を見送ると
の顔を見る。
心配そうにその顔を見ると、やがて立ち上がって
荷物を取りに部室へ歩いていった。







保健室の中で一人になった
相変わらず眠り続けていた。
うっすらと眼が覚めるときも有るが
とてもだるくて再び眼を閉じてしまう。






菊丸と校医の先生の話は
うっすらと聞こえていたが
あまり内容は理解できなかった。





まどろむ意識の中で
手塚への想いは徐々に薄くなっていく。



はそれが何だか苦しくて
夢の中に居るのだと解っていても涙が出るのを押えられなかった。




夢の世界なら、泣いてもわからない。






止めずに出してしまえばいい。






そう思った。
















「・・・・・」



ぐったりとベッドに横たわり、
眠ったまま涙が静に流れているを見つめ
菊丸が出て行った後入れ替わりに部屋に入ってきた不二は
苦しそうな表情を浮べてその涙を拭った。





手塚と付き合う前からずっと好きだった。
菊丸を通して知ったはテニスの事なんか全く知らなくて
自分が天才だと呼ばれている事にも興味を持たなかった。
彼女は影を持つ自分の心に気付いていた。



初めてだった。
影の部分に最初に気付いた人は。



気付いたら目で追っていた。



本気で好きになったとき、
彼女はもう手塚のものになっていた。





菊丸もを好きだという事を知っていた。
だけど忘れようと思う気持ちとは逆に
どんどん好きになっていってしまっていた。



押えられない気持ちは何処にぶつけたらいい?



惨めに思える自分を慰めたくて
何人かと付き合った。
だけど、誰一人として自分の心のおくまで入ってきてくれなくて。




いっそ、奪ってしまおうかと思ったとき。




分かれたんだよね。手塚と。






見てられないくらい傷ついた彼女は
本当に綺麗だった。
手塚が憎いとも思った。


だから、誰かに取られる前に動いた。


仮令、彼女を追い詰める事になっても
押えてきた気持ちは簡単には止まらない。








「・・・・」







そっと寄せた唇は冷たかった。




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