風化-11-
-The beginning of another story.-
チャイムが鳴るのと同時にざわつく教室。
シャーペンを机に置く、カタっという物質的な音があちこちからあがった。
「はい、じゃあ名前確認して後ろから集めて〜」
前の教壇に立った教師の声で後ろの席から順に前へと、
生徒達の苦労と知識が書き込まれた白い紙が送られ教師の元に集められる。
も後ろから集めるために回される答案用紙を番号に沿うように重ね、
同じように前に回した。
「はい、皆お疲れ様。この後終礼があるからまだ帰るなよ〜」
回答を全て集め終わった教師はテストが終わって
のびのびと騒ぐ生徒達に向かって大声で言うと教室から出ていく。
はその姿を見届けると軽く伸びをして、
テストで使ったシャーペンと消しゴムを布で出来た筆箱にしまった。
「〜!」
筆箱を鞄に入れ、
早々と帰り支度を始めていたに由紀子が
机に両手を付いて身を乗り出すように声をかけてきた。
「どうだった?!」
と、由紀子の妙にキラキラした顔を見て思わず
笑いそうになるのをこらえては答える。
「え〜、微妙だったかな」
首をひねり苦笑いして答えるに
由紀子はニヤリとした。
「またまた〜そう言ってちゃっかり上位入っちゃうんだからは〜」
ツンツンと腕をつついてくる由紀子には笑ってやめてよ、
と腕を引くがあまり効果はなかった。
そんなことをしていると教室の前の扉を開けて担任が入ってきた。
由紀子はその姿を見るとにまた後でね、
と肩を軽く叩き自分の机に戻っていく。
はそれを目で追って笑った。
と、その時ふと視線を感じた。
同時に強ばる身体。
視線の持ち主はわかってる。
この感覚は自惚れなんかじゃない。
は由紀子に向けていた顔を正面に戻す。
視線を戻した先には担任の教師がいつものように
教壇の横に立ち当番が終礼を進行させていくのに必要なノートを持っていた。
丁度の隣の子が当番だったのでノートを受け取り、
終礼を始めようと声を張り上げる。
そこでようやく教室内のざわつきが収まった。
――まただ。
当番が終礼を進めていく中、
は時折視線を感じながらきつく両手を握りしめていた。
この視線はテスト中にも感じられていた。
毎回ではないけれど回答が早く終わった時などの
空き時間に身体が敏感に察知していた。
何にせよ、人から監視されるように見つめられるのはあまり気分が良いものではない。
は目を伏せ、視線に気を取られないように当番の言う言葉に集中した。
「、今日も部活?」
当番が終わりの挨拶をし、
帰ろうとする生徒達で教室内がざわつき始めた時
由紀子が鞄をもって近づいてきた。
は椅子に座って鞄を膝に乗せて由紀子を見上げる。
「うん、テスト終わったから今日からあるんだ」
そう言うに由紀子は心配そうな顔を向ける。
はその顔を見て困ったような微笑みを向けた。
「…大丈夫。有難う由紀子。」
「……」
そのの綺麗な微笑みに由紀子はしばらく見ほれた。
が時々見せるこんな微笑みや行動は綺麗という言葉が伴う。
儚く綺麗なのだ。
女の自分ですらそう感じてしまうのだから
異性から見ればどれだけのものなのだろうか。
あまり見せない分、本人が無意識に行ってしまっているので
それを見せた時に由紀子を不安にさせた。
その綺麗な笑みや行いは彼女が傷ついたときによく顔をだしていたからで。
由紀子は自分の無力さに下唇を噛むしかできなかった。
そんな由紀子の心配を知る由もないは
椅子から立ち上がると笑いかけた。
こんどのそれは儚い笑みではなかった。
「さ、途中まで一緒に行こう」
「うん」
由紀子もその笑顔に笑い返して二人は教室を後にした。
教室内のざわめきが二人を見送っていた。
由紀子と別れ部室に来た時、
まだ誰も来ていなかった。
は教室から持ってきた自分のジャージの入った袋
を掴むと中からジャージを出す。
そのジャージに腕を通しながら
ふと由紀子の心配そうな顔を思い出した。
由紀子は事情を知っていてちゃんと話をわかってくれている。
由紀子以外の友達に相談してもきっと自慢話としてしか取られず
いじめの対象になっていたかもしれない。
それにやっぱり理解者が傍にいてくれることは心強い。
誰もいない部室の中はとても静かだった。
小豆色の学校指定のジャージに腕を通すと部室の外にでる。
その時にバケツと洗濯しておいたハンドタオル、
そしてドリンクボトルを一緒に外に出す。
部活中に準備をするためでもあるし部員達が
着替えを済ませるまで部室に入れないからだった。
「あれ、」
部活が始まる前にまとめて
置いておこうとバケツを水道に持っていく途中、
鞄を持った河村に会った。
どうやらレギュラーの中で一番乗りらしい。
「早いね、タカさん」
は水道場の縁にバケツを乗せながら笑った。
河村は片手を頭に当てて軽く笑いながら首を横に振る。
「いや、の方が断然早いよ」
「うーん、そりゃぁまあマネージャーですから」
はそういって首を傾げておどけて見せた。
口元に手を添え、目を細めて笑うに河村は少し驚いた。
綺麗な笑顔を見せることはあっても
こうしてふざけながら笑う彼女の姿を見たのは初めてだったからだ。
「…どうしたの?」
驚いた顔をして黙ってしまった河村を不思議に思って
は顔をしかめて言う。
「あっ、いや…」
そこで河村ははっと我に返ったように手を小さく振った。
「うーん、何て言ったら良いか分からないけど…」
河村は下を向いて小さな石を蹴って言葉を探した。
「と手塚の話を知ってたからさ、正直がマネージャーになってくれた時心配だったんだ。」
“と手塚の話”
その言葉にやたらと体が反応する。
はビクッとした。
そして、思わず反応してしまった事に後悔する。
もう、大分前に気持ちの整理はついたはずだったのに。
人から言われると、何故か傷口を広げられるような痛みがする。
あぁ、まただ。
私はこうやって悲劇のヒロインぶろうとする。
最低。
「・・・・・・・?」
俯いてしまったに
河村は驚いてカバンを下に置いた。
そして少し前かがみになっての顔を覗き込む。
河村の、膝につけた手の甲に
雫が一粒、落ちてきた。
一瞬、その雫が何だかわからなかった。
とても綺麗な、雫。
はっとしての顔を見た。
の頬を伝って
綺麗な涙が一筋。
静かな、モノだった。
「ご、ゴメン、・・俺、言っちゃいけない事言った・・・」
その雫が涙だとわかると
河村は慌てた。
河村隆、このかた女の子を泣かしたことが無い。
彼は優しい人間だった。
それが、今目の前でないている。
河村は焦って、
どうしようかとだた、ひたすら慌てるしかなかった。
その時、すっとが顔を上げた。
壊れそうな笑顔。とても綺麗な。
さっきまでの笑顔とは違った。
「・・・っごめん。タカさん。違うんだよこれ。
コンタクトがずれちゃって・・・」
「・・・・」
痛い、と笑いながら目を擦るに
河村は何故か心臓をつかまれたような痛みが走った。
ああ、彼女はまだ手塚を忘れては居ないんだ。
そうまでして、この部活にマネージャーとしていてくれる。
良い意味でも
悪い意味でも
彼女は。
再び下を向いたの頭に
何かが乗っかる。
暖かい、大きな、優しいもの。
「・・・タカさん?」
不思議に思って顔を上げると
優しく微笑むタカさんの顔があった。
何だか、酷く安心してしまう笑顔で。
私は、何でかわからないけど
無性に叫びたくなった。
ポンポン、と頭に乗せられたタカさんの手が
心地良い。昔、転んでないた時に
お父さんが、まだ優しかった時のお父さんがしてくれたのと
同じ感じ。
「・・・タカ、さん。
ごめんね、私・・いつも・・」
「うん?」
「私、この部のマネージャーに誘われるまでテニス部が嫌いだった。
いやな思いをさせられすぎて、敵視してた」
「うん」
「だけど、優しくて、楽しい人がたくさんいた。
此処に居れば、そのうち忘れられるって思ってた」
「うん」
「でも、ね。今でも私、忘れられないんだ。・・しつこい女でしょ?
しかも、何でかな・・・もう彼女じゃないのに
凄く嫉妬したりして、自分をかわいそうな人間だと思い込ませてるんだよ。」
「・・・うん」
「勝手に傷ついて、勝手に憎んで。
はははっ、悲劇のヒロインぶるのも良い所だよ・・・本当に最低な女だね、私って。」
「・・・・・」
まだ誰も居ないテニスコートがやけに静だった。
校舎からはざわつきと、吹奏楽部の練習が始まった音が混ざり合って聞こえてくる。
は、小さくないていた。
声を押し殺して、ただ涙だけを流していた。
恐らく、家庭でもなにかあるのだろう。
泣くのを堪えて、泣いても声を出さないで泣くようになってしまったんだこの子は。
河村は何故か泣きたくなった。
「俺・・・さ、のこと心配だって、言ったろ?」
はコクン、と頷いた。
「いつも笑っててさ、一生懸命仕事してくれて。」
「・・・」
「だけど、その笑顔が凄く儚くて、無理して笑ってるみたいだったんだ。」
「・・」
「時々何かに怯えてるみたいに仕事してるし・・・
いつか、壊れるんじゃないかって思ってた。
俺は、それがすごく心配だったんだよ」
「・・・タカさん・・・」
顔を上げたに
河村は優しく笑いかける。
それから、の頭に乗せた手をポンポン、と軽く動かして
手をどけた。
「無理に忘れようとするから辛いんだと思うよ。
は、大丈夫だと俺は信じてるから。」
そう言ってまた笑ったタカさんの顔は
何だか本当に優しくて。
泣きたくなったけど、涙を堪えて私も笑って見せた。
初めてだった。この気持ちを話したのは。
「有難う、タカさん・・。私大丈夫な気がしてきたし・・・」
そう言うとタカさんは安心したように息をついた。
そんなにまで心配をさせていたのかと思うと
ちょっと胸が痛んだ。
「何か、お兄ちゃんみたいだな、タカさんって。」
そう言ったら、タカさんはビックリした顔をして困ったように笑った。
「お兄ちゃんかー、ははは、参ったなー」
しばらくと河村はたわいも無い話をしていた。
テニスコートには徐々に部員達が集まり始め、
河村も着替えをする為に部室へと入っていった。
途中、二年の割には体格の良い桃城に絡まれているのを見ては笑った。
そしてもドリンクを作るとそれぞれのドリンクボトルに入れ、
それを抱えて歩き始めた時、目の前に誰かが、立っていた。
は顔を上げて、誰だか確認しようとする。
その瞬間、ボトルが一つ落ちて、こぼれたドリンクが地面にジワジワと染み込んでいった。
「・・・手塚・・・」
コートで、タカさんが
凄い力でボールを打つ音が聞こえた。
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