風化-09-
-The beginning of another story.-
「ただいま〜・・・」
がちゃり、と黒いドアを開けて家に入る。
しかし、応答する「おかえりなさい」の声が聞こえてこなかった。
菊丸と別れて家に着いただったが、
家の中は誰もいないようだった。
はローファーを脱いでスリッパに履き替え
リビングへ向う。
その途中で廊下の端にある電気をつけた。
お陰でオレンジ色の夕日が沈みかけた
薄暗い家のなかが明るくなる。
明るくなった部屋の中、中央にあるテーブルの上に
メモらしき白い紙を乗せた皿があった。
は其れを見つけると
テーブルの傍にあるソファの上にカバンを置いてメモを手にとった。
―――へ
今日、母さんも父さんも仕事で帰りが遅くなります。
夕飯はテーブルの上に用意してあるので温めて食べてください。―――
「・・・またか・・」
こういう内容のモノは何度か見たことがあった。
“今日”とは書かれているものの、週に2、3日しか
家にいない両親。
その度に同じ内容の、同じ夕飯が用意されている。
「また炒飯・・・」
メモの下にあった皿の中身は
2日前と同じメニューの炒飯だった。
今日はスープもついている。
はメモをくしゃくしゃと丸めると
TV横にある塵箱に其れを投げ捨てた。
それから疲れたように溜息を吐き、
重たい物を持つような手つきで母親が用意してくれた
冷めた夕食をレンジの蓋を開けてその中へ入れる。
スタートボタンを押すと、
真中に置かれた炒飯がグルグルと回り始めた。
あぁ、同じだ。
同じ動作を一昨日もやった気がする。
クルクルと回りながら熱されていく炒飯を見つめて
どこかこの現実に冷めている自分に気付いた。
そして緩む、口元。
まだ、自分は壊れない。
何故か、そんな決意にも似た思いが駆け上がってきていた。
レンジの中でクルクルと踊っていた炒飯は
温めるのが終ったレンジ皿の上で止まった。
はなれた手つきでレンジの蓋を開けると炒飯を取り出し、
リビングのテーブルまで運んでいく。
着替えもせずに夕食を食べた。
一人で食べている事になれたので寂しさを感じる事は無いが
音が無いのはどうしても惨めに感じるので
何気なくTVをつけた。
TVをつけた時、丁度歌番組がやっていた。
自分の好きな番組。
毎週水曜日にやっている、やたらと笑える音楽番組。
いつの間に水曜日になっていたんだろう
そんなことを考えながら
また、一口炒飯を口に運んだ。
そのうち番組はCMに入った。
その時、丁度夕食を食べ終わったので
食器をキッチンへ運んでから
またソファに戻る。
しばらくのCMの後、番組が始まった。
CM入りの後のゲストはがTVをつけたときに
出ていたJrから出たらしいアイドルグループではなくなっていて
ストリート系で活躍している2人組みだった。
「あ、新曲出たんだ・・」
誰もいない部屋に小さく木霊した自分の声に
少し虚しさみたいなのを感じたが、
このグループは自分が好きだからそんなことは頭の中からほっぽりだした。
お腹を抱えて笑ったトークが終わり
そのグループは今週出したという新曲を歌い始めた。
アナログなフォークギターの音に
ハーモニカが乗って、柔らかい曲調。
切ない恋の歌だった。
はじっと画面を見つめた。
いい曲だな・・明日帰りにショップにいってみよう。
『〜♪..〜...♪...』
それは歌が終盤に近づいた時だった。
部屋の中に携帯の着信音が響く。
はめんどくさそうに
学校から帰ったままになっていたカバンを手繰り寄せ、
中から携帯を取り出した。
「・・・っ」
何時ものように見た
インスピレーションウインドウに表示されたメールの差出人の名前に
心臓が大きくはねる。
“メール着信 手塚”
何の用があってメールをしてきたのだろう?
きっと、テストが終った後にある部活の事についての
連絡のメールだろう。
きっと、そうだ。
が震える指でメールを明けようとした、
まさにその時。
『♪〜...♪..』
先程のメールを受信した時とは違った
着信音が流れた。
其れは電話がかかってきたときになるように設定した、
さっきTVに出ていたあのグループの曲だった。
表示された名前は―――手塚。
は思わず携帯を落としそうになった。
何で、電話なんか。
メールだけで済むじゃない。
心臓が耳の奥で鼓動を打つように
聞こえる。
もはやTVの音など耳に入ってこなかった。
は、鳴り続ける携帯を持ち直すと、
ゆっくりと通話ボタンを押して
耳にあてる。
汗で滑りそうだった。
「・・・もしもし」
『もしもし。か。』
久しぶりに話を交わす彼の声は
あの頃と何ら変わりは無かった。
低くて、威厳のある声。
もう直に聞けないと思ってた。
でも、今こうして耳に届いている。
ただ、自分を呼ぶのは苗字になっていたけれど。
「この番号は、私にしか通じないはずだよ。」
少しの皮肉を込めていった。
彼には通じるはずが無いのは解っている。
『あぁ、そうだな・・・』
無関心な声だった。
泪が出そうだった。
「それで・・・何か用?」
『先程、俺からメールがいったろう?』
「・・・うん」
『送る相手を間違えてしまったので、削除してもらえないか。』
「・・・解った。じゃぁね」
『あぁ・・』
プツッ、と通話を切った。
呆気なく終った、久しぶりの会話。
昔なら、こんなことでも嬉しかったのに。
なんだろう、この虚しさは。
は手塚からいわれたように、
間違えて送られたメールを削除しようと
受信フォルダを開く。
その時、魔が指した。
間違えて彼が自分に送ってきたメールを見てみよう。
何でそんなことを考えたのか良くわからない。
でも、身体が勝手に動いて、きづいたら開封していた。
見なければ、良かったのに。
自分が馬鹿だと改めて思った。
--FROM 手塚
--Subject 無題
-------------------
今、歌番組を見ていたらの好きなグループが出ていた。
見たか?明日帰りにCDショップに行ってみよう。
--END--
それは間違いなく、
現在、手塚の彼女であるにに対して送られたものであった。
そして、そのメールに書かれた内容が
明日の帰りも一緒に帰るのだという約束を示している物で。
手塚らしい。
なれないTVを見て、彼女の好みを知ろうとしてくれる。
それが、もう自分ではないことを知っているのだけど。
だけど。
ここまで彼に執着している自分に気付くのは
あまりにも苦しすぎた。
見なければ良かったのに。
見なければ、苦しまずにすんだのに。
馬鹿だ。
「・・っ国光・・・」
まだ耳に声が残っている。
苦しい。
携帯を握り締めて泣いた。
自分は、まだ壊れない。
自分は、まだ壊れない。
自分は・・・
・・・・も う 壊 れ て し ま う 。
苦しい。
恋しい。
悲しい。
うずくまった体の中、
妙な感情が渦巻いて泪が溢れた。
メールの削除ボタンを、震える指で押した。
着信記録は、消去する事が出来なかった。
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