風化-08-
-The beginning of another story.-
学校指定のカバンに
ノートや教科書、ペンケースを仕舞い、
机の横にかけてあったジャージの入った袋などを
カバンの傍に置いて
帰りの用意をしながら
外を見た。
いつも騒がしいメンバーのいる、
校庭の近くにあるテニスコートに
夕日が落ちそうになっているのが見えた。
今日から一週間部活は休みだ。
三日後にある学力テストとそれに対しての勉強期間で
今はどの部活も活動していない。
それは大会を一ヵ月後に控えたテニス部にも例外なく訪れていた。
「!帰ろうにゃ」
が椅子に座ってぼぅ、としていたら
目の前に菊丸の顔がにゅっと出てきた。
それと同時に人懐っこいあの笑顔。
は驚いて視線を菊丸に向けたが
すぐに笑った。
すっかり人気のなくなった教室を出ると
学校中が静になっていて
もう殆ど生徒はいないのだろうという事をうかがわせた。
はふ、と無意識に入ってしまっていた肩の力を
抜いて菊丸の隣を歩き始めた。
この時間に出てくるのは訳があった。
がいくらテニス部のマネージャーであるからと言っても
何せあの親衛隊が出来るほどモテるレギュラー陣の誰かと
一緒に帰っているところを見られでもしたら
翌日からは影での噂が始まるかもしれないからだ。
以前の手塚との付き合いは
影で噂されることよりも先に
表に出たし、何せあの手塚の彼女ともなれば
話は別だった。
しかし、それとこれとは別で
手塚と別れたすぐ後にレギュラーの誰かと
付き合っていると思わせるような噂が立ったら
それは即ち、最悪の虐めに発展するかもしれないという事を暗示していたからだ。
だから人のいなくなる放課後遅くに時間をずらしていた。
それは菊丸なりの気遣い、とでも言うのだろうか。
とにかく、その事がにとって幸いだった。
「有難う、英二」
生徒昇降口を出て
校門に向う途中、がポツリと呟いた。
その事に、菊丸は驚いてを見る。
大きな目がパチパチと瞬いていた。
まるで猫みたいだ。
大きな猫。
はそんな事を考えながら菊丸の表情に
にぃ、と笑った。
「ん、とにかく英二には色々とお世話になってるから。
だからお礼言いたくなったんだ。」
そう言ってまた前を向いたから
菊丸は視線を反らせなかった。
オレンジ色の空の色がの制服に反射して
目の奥がツーンと痛くなった。
けど
ずっと君を見て居たい位
凄く、綺麗に笑ってたから。
久しぶりの笑顔だったから。
「・・・どうしたの、英二?」
黙って足を止めてしまった菊丸を
不思議に思ってが振り返った。
菊丸は、さっきがしたのと同じように
にぃ、と笑うと少し前にいるの元に駆け寄る。
「んーん、何でもないにゃ」
「そう?」
は何かごまかされたような気がして
不服そうな顔をしたが、再び歩き始めた。
夕日に染まる世界が
自分たちだけを切り取って
その影を地面に長く伸ばしていた。
この瞬間が
酷く暖かく感じられてしまって
ずっと、こうしていたいなぁなんて思ってみたりもした。
が笑うなら自分も笑える。
が悲しむなら自分も悲しむ。
が傷ついたなら自分は立ち上がる。
綺麗に笑う君が眩しくて。
ただ、心の奥にある“気持ち”が
少しずつ溢れてくるのを必死に止める事しか出来なくて。
それでも、この瞬間
君を独り占めに出来たと感じてしまった僕は
酷い人間なのかもしれない。
それでも
君が笑ってくれてれば
それだけで構わない。
他に何を望める?
傷ついた彼女を癒す事が出来ない自分に
何を求め、何を望めるというのだろう。
仮令、もっと傷ついてしまっても
君は、笑っていてください。
「」
「ん?」
「明日も一緒に帰ろうね」
「どうしたの、急に・・・」
「んーん、約束にゃ」
不思議そうに顔を見るに笑いかけると
菊丸はリュックを背負いなおして
まっすぐ前を見た。
明日も頑張ろう。
そう思えるような綺麗な夕焼けだった。
もう少しで夜がくる。
ゆっくりと目を閉じて
肺一杯に空気を吸い込んだ。
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