風化-07-
-The beginning of another story.-





















一瞬強く吹きつけた風に目を細めると、
樹の向こうに真青な空が見えた。




可愛らしい小さな桜の華をつけていたその樹も
周りにある木々も今では花を散らせ、鮮やかな若葉を纏っている。





は色気の無い学校指定ジャージの
腕をまくるとバケツに入った数十枚の
フェイスタオルをテニスコートの近くにある水道へ持っていった。








、すまないがドリンクも用意してもらって良いか?」





蛇口をひねって水を出し、
其処へタオルを放り込んで水を吸わせている時
後ろから声をかけられた。
振り返れば長身の、選手兼、マネージャーの
乾貞治がドリンクを入れるボトルと
市販のドリンクの粉の入ったパックを持っている。




は一旦水を止めると乾から
ボトルやドリンクの粉を受け取った。




「解った。このボトル全部に入れればいいんだよね?」
「あぁ、そうだ。」




は確認を取ると
それらを水道の上に置く。
そしてボトルの数と粉の分量を確認した。




乾はその後姿を見て、
それから周りを見渡した。
汗だくになっている部員達。
そのピークを超えてベタベタになる部活終了時にあわせて
タオルを用意している。


以前は部活が終ったあと各自で
タオルを濡らしに行くか、後輩がやっていた事だが
それではなかなか片づけが出来なかったしいろいろと忙しかった。




「有難う、。」



いきなり礼をいわれた
訝しげに振り返った。


「何?」


片手にボトルを持ち、粉を其処に入れかけていたので
は完全に乾のほうを向く事が出来ないが
話を聞くには十分な向きを取った。




乾は軽く表情を崩すと
を見る。




「今まで俺が一人でマネージャーをやってきたんだが、
 なかなか部活中の練習まで手が回らなくてね。
 が来てからは練習も満足に出来るようになったよ。感謝してる。」
「乾・・・」






は意外そうに乾を見た。
そして、感謝されたことに少し照れた。


「いいよ、そんな感謝しなくて。これからは私がマネージャーの仕事
 しっかりするから。乾は早く練習にもどりなよ。ね?」
「あぁ、そうだな。」



がそういうと
乾は、じゃぁ、というように軽く手を持ち上げると
コートのほうへ戻っていった。
は小さく微笑むと、やりかけの仕事に戻った。









確かに、今までは乾一人がマネージャーの仕事をしていた。
まぁ、それなりに下級生も手伝っていたけど
乾も、下級生も練習がある。
それ専用に仕事をするわけにも行かず中途半端なことしか出来ていなかった。


やっぱり、テニス部の部員としては
ちゃんと練習をしたいだろう。



散々嫌な思いをさせられてきたテニス部(の一部だが)
のマネージャーになんてなりたくないと思っていたけれど
は自分のしている仕事が
みんなの役に立てていることが少し、嬉しかった。


























濡らしたタオルとドリンクの入ったボトル等を
入れた水色のプラスチックのバケツを重たそうに持ちながら、
はふらふらとよろめきながらテニスコートに向う。




流石に一気に運びすぎたかな・・重い。
腕が千切れそう・・・



一旦バケツを置いて休もうかと考えたその瞬間、
両手に圧し掛かっていた重みがふっと和らいだ。



驚いて其処を見てみると――





一瞬にして身体が固まった。





「こんなに重たいの、一人で運ぼうなんて無茶だよ?」






きっと。

きっと一般の女子がその微笑を見たら
顔を真っ赤にするんじゃないかって思うぐらい
綺麗な微笑み。


だけど、には
今、手にもっていたバケツより数倍も、
何百倍も重い笑顔だった。




「・・・ふ、不二くん・・」





身体の内側から凍ったような感覚。




不二が自分の手に触れている。



其れを感じ取っただけでも
背筋がぞわぞわした。




「僕が一緒に持っていってあげるよ」



近くなる、距離。





「・・・っ、いい!私一人で大丈夫・・・」


は首を横に振ると
顔を真青にして後ずさった。


だが、すでにバケツの取っ手には
不二の手があって。
どうにも振り切れなさそうだった。




不図、不二の微かに開いた目が
の瞳を捕らえた。



蒼くて冷たい目。




一瞬にしての動きが止まる。



不二は満足げに微笑むと
距離をおかれそうになった分、
に近づいた。



「遠慮しなくていいから・・」







!!」





あと少しで不二の手が
の顔に触れるという瞬間。


背後から声がした。






「・・・英二」


その声の持ち主は、菊丸だった。


走ってきたのだろうか、息を切らしている。




はほっとしたように息を吐き出すと
菊丸を見つめた。
不二はいつものように細めた目でを見つめていた。



菊丸は2、3回ほど呼吸を整えると
不二に近づく。



そして、不二の持っているバケツの取っ手に手を伸ばすと
ごと自分の背後へ廻した。

を不二から守るような
そんな体制。
菊丸は不二を真直ぐ見つめると
静かに口を開いた。



「俺が手伝うから、不二は練習戻って良いよ」



言葉の内容こそ気遣っている感じだが、
声色は何時もふざけた調子の彼とはまったくかけ離れた物だった。
とげとげしさが見える、静かな警戒。



不二はそんな菊丸を細めた瞳で見つめると
静に微笑を零した。







「お姫様を守る騎士気取り?」






カッと頭の奥が熱くなる。







駄目だ、此処で切れたら
不二の思う壺だ。






菊丸は油断したらつかみかかりそうになる
自分の感情を、理性でなんとかやっつけてから
ニッと、あの愛嬌のある笑顔を浮べた。




「そうそう。わるーい悪者からお姫様を守る騎士だにゃ」



今度は、不二の顔から笑顔が消えた。


菊丸はそう言い捨てると
の手を取り、
逆の手でバケツを持つと不二に背を向けて歩き出した。
どんなに理性で押さえつけても、
グラグラと襲い掛かる怒りはどうにもならず、
きつくの手を握り締める。
は痛そうに顔をゆがめたが、それも気付かなかった。











スタスタと歩いていく菊丸との後姿を眺めると
不二は細めていた瞳を開けた。
蒼い瞳が、現れる。







「へぇ・・・そんな事云う余裕があるんだ・・」






貪欲にスリルを求める時の表情に
よく、似ていた。







そっちが騎士なら僕は悪者・・・か。







口元が緩む。
静かな笑顔で。



不二はさも楽しげに微笑むと
踵を返して、練習の続く
テニスコートへ向った。































「・・・英二、手が痛い」


しばらく歩いて部室の前まで来た頃、
は思い切ったように菊丸に訴えた。
菊丸はハッ、と我に返ると
慌てての手を離す。


菊丸につかまれていたところが少し、紅くなっていた。



「・・ゴメン!・・俺、力加減してなくて・・」


そう言うと菊丸は俯いた。
その行動が、何故かしゅんとした猫のように見えた。
は小さく笑いを零すと
菊丸の手に触れた。



「いいよ、英二。 
 それより、有難う。助かった」


“助かった”という表現はあっているのか解らないが
とにかく恐怖からは助けられたのだから
本当に、助かったと思った。
もし、菊丸がこなかったら自分は今頃不二への恐怖で
部活中にもかかわらず此処から出て行ってしまったかもしれない。




菊丸は顔を上げると、
しばらくの顔を見つめ、それから照れたようにはにかんだ。



「だって、俺お姫様を守る騎士だもんにゃ」



菊丸が言った言葉に、
は多少驚いたが静に表情を崩して笑った。
菊丸も、笑った。





「じゃぁ、私タオルとか渡すから」



が笑顔を抑えて言うと
菊丸はうん、と頷いてバケツを地面に置いた。
そしてタオルを持とうとしているに声を掛けた。







「ん?」





「今日から一緒に帰ろう」







はにかんで笑ってた。




きっと、彼なりに気を使ってくれてるんだろう。


はそう思うと嬉しそうに顔をほころばせた。







「うん、そうだね。一緒に帰ろう」

























その日から、と菊丸は下校を一緒にするようになった。




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