風化-03-
-The beginning of another story.-

















「逃げるんだ?」



目の前にいるそいつは、
微笑んでいた。




「自分が一番かわいそうだから、
 もっと同情して欲しくて逃げるんでしょ?」







五月蝿い。

何で、アタシなの?

朝からどうして、こんな事言われなきゃならないの?






「そういうの、一番友達無くすタイプだよ。」









朝、珍しく早く目が醒めて学校に来てみればこうだ。

こういう日に限って逢いたくない人に出くわし、
そして傷口を抉るような中傷の言葉ばかり浴びせられる。





「不二君に、そんな事云われたくない。」



今できる、精一杯の憎悪をぶつけてやりたい。

でも、其処まで上手くできるほど
できた人間じゃなかった。




・・・悔しい。











は窓際に追いやられる格好になって
目の前で微笑むヤツ、不二周助を睨みつけた。


不二はその表情を見ると、
さも楽しげにクスクスと笑い声をもらした。




そんな不二の行動にはカッとなって
手を振り上げる。





「・・・っ?!」



しかし、其の腕は振り下ろされる事は無かった。


流石運動部。

反射神経も並みのものではない。
不二はが腕を振り落とそうとした瞬間
手首を掴み、動けないように窓に押し付けたのだ。



今では、と不二の距離はそう離れてはいない。
むしろ、密着状態、とでも言ったほうが当てはまるだろう。




「離して。」



はつかまれた両腕に力を入れて
不二の手から逃れようとする。

しかし、其処は男女の力の差。

増してや不二はテニス部な訳で。
がどう頑張っても不二のその手から
逃れられそうには無かった。


「厭だ、って言ったらどうする?」



クスクスと、あの笑い。
は腹が立ちすぎて何も云えなくなって
不二を思い切りにらめつける。





そのの瞳に、
不二は笑うのを止め、目を細めて静に見入った。


「・・・良いね、其の瞳(め)・・・
 ゾクゾクするよ。」



蒼い、瞳。


其れが今、自分を見透かしたように見つめてくる。







は、背筋にヒヤリ、と
厭な汗が伝うのを感じた。






危ない、この人の傍に居ては。

きっと、自分が自分で無くなる。





怖い



怖い。













「・・・ぃや・・・っ離して!!」




は真青になって暴れた。
其の拍子に不二と縺れてすぐ傍にあった机の上に
押し倒される容になってしまった。



「・・っ!」




不二はとても驚いた顔をしたが、
すぐにあの微笑を零して自分の下になった
見つめた。




「へぇ・・なかなか大胆なことするじゃない?」




其の言葉にはますます恐怖の色を顔に浮かべて
つかまれたままの腕を振り解こうと必死にもがく。

だが、不二は其れを許そうとせず、
逆にもっと力を込めて
顔を近づけた。




「・・何・」


自分が掴んだの手から
ビクッと振るえる感覚が
自分の腕を通って脳へと届く。

そこから何ともいえない優越感が自分を支配する。






「・・ねぇ、さん。」






手塚に、こんな風にされた事、無いでしょ?

そんな表情を手塚には見せた事無いでしょう?

怯えた様子を見せる其の瞳は

僕を誘ってるように見えて仕方ないんだ。



君は



「僕の眼を、見てよ。」


今だけ


「もっと・・その瞳、見せてよ」


これからも


「僕だけに」


僕の物。







「・・・っ」


不二のその声を聞き、
は瞬きをする事も忘れて
ただ、不二の瞳を見つめた。


まるで、魔法にかかったかのように

恐怖に狩られたその瞳で
不二を見上げていた。



不二はその瞳に満足げに微笑んでみせる。



それから、
の両腕を拘束していない方の手で
の頬に触れる。
は驚いて目を見開いた。


不二はその瞳に自分の視線を絡め、
さらに、微笑をみせる。


するするとの輪郭をなぞり、
不二の意外と角張った指は
彼女のぽってりとした唇へと達する。




彼は、ふと目を細めて
親指の腹でその唇を軽く押す。

唇は、彼の指を軽く跳ね返すかのごとく
柔らかに、驚いたように震えた。



「・・・不二・・君。」




やっと出たであろう其の声は震えていて。
声と、瞳には恐怖の色がにじみ出ていて。



その行動一つ一つが

僕にとって優越感を与えてくれる物なんだよ。





「・・さん・・。昨日の桜吹雪
 綺麗だったね。」



小さく微笑みを君にあげよう。



君は、凄く驚いたような顔をして
それからすぐになきそうな顔になった。




「・・見てた・・んだ?」



あぁ、其の顔。




「うん。見てた。君が、手塚を見て泣くのを。」



凄く、ゾクゾクするよ。



「・・酷い人ね。」







は小さく其の言葉を搾り出すと
顔を背けて、不二に涙を見せまいとした。





あぁ、本当に酷い人。

アタシが苦しいことを知っていて
そういうこと言うのでしょう?
アタシがあの人を、いまだに見つめつづけていることも
誰にもわからないように涙を堪えているのも。


全部、見てたんでしょう?







「・・・最低だよ」






不二の、角張った指が
今度はの髪の毛を掴んで
荒々しく自分の顔のほうへ向ける。


瞳に映ったのは、
彼女の苦痛にゆがむ顔だった。





そんな表情に出さえ
欲情してしまうのは末期か?






「だったら、君もおいで。
 僕と一緒に・・・」











絡みつく視線さえ、解く力も無い彼女を知ってるなら

彼女の心を縛り付けるのはたやすい事だ。













。」





















二人だけしかいない教室の扉が開くのと、
彼等の唇が重なったのはほぼ、同時だった。





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