風化-01-
-The beginning of another story.-
「今年、お前達は受験をするとしだ。
此処からは青学高校へそのまま行く者も居るだろうが、
エレベーター式の学校ではないことを忘れるな」
新学期が始まった。
三年になって担任が熱血の生活指導の先生に
当ってしまった為、新学期そうそう受験の話だ。
はウンザリした表情を浮かべると
席が窓際な為、外が良く見えるので空を見つめていた。
やがて、長々と語っていたHRは終わり、
いよいよ3年始めの授業が始まる。
は喉の渇きを覚え、廊下にある水道の水を飲もうと教室を出た。
教室を出るとそれはすぐ傍にある。
何せ、この3-6組は階段のすぐ傍にあるので
流しも近いのだ。
其処に向う途中、向こう側から一人の女子生徒が
あるいてきた。
はごく普通に視線をその女子生徒に向ける。
心臓が、ぎゅっと鷲掴みされたように痛んだ。
それは、紛れもない“彼女”・・・つまり、
手塚が、自分より愛しいと思っただった訳で。
は気まずそうに顔を背けたが、
はそんなに気付かないのか
しゃきっとした態度ですれ違っていった。
彼女の腕の中には数冊のノート。
とてもシンプルで、少し厚めのそのノートは
にも見覚えがあった。
なぜなら、それは彼が所持していた物。
飾りっ気のある物を好まない彼が使っていた
あのノートと同じ物。
証拠に、微かに見えたノートの端っこには、
『3-1 手塚国光』
と記名がされていた。
恐らく、彼女は新学期に合わせて
“彼”――手塚と休み中勉強をしていたのだろう。
手塚が好む訳だ。
勉強家で、真面目で、誠実で。
何より、自分なんかより全然可愛い。
守ってあげたくなるような存在、なのだから。
「最低。」
パシャパシャと水が流れる。
は水道の蛇口をひねっただけで水は口に入らなかった。
醜いカンジョウだけが心に巣食っていく。
もう、考えないと誓ったのに。
もう、彼等を忘れようと誓ったはずなのに。
考えるのは、
幸せだったあの頃の事ばかり。
「・・・最低だよ、私・・」
悔しくて、やるせなくて涙が出た。
チャイムが授業の始まりを告げる。
憂鬱な授業は、よりによって一時間目から数学。
は苦々しそうな顔をして
真新しい教科書をパラパラと捲った。
数学は嫌いじゃない。
ただ、過去を思い出させる。
昔は、数学の分からないところがあると
仮令五分休みだって手塚のところへ聞きに行った。
そんな毎日が幸せで。
こんなにも、脆く消え去る物だと知らずに
ただ、毎日幸せを味わってた。
は、はぁ、と小さくため息をつくと
窓の外を見つめた。
真青な空。
白くて、綿菓子みたいな雲が飛んでる。
「・・・?」
ふと、視線を感じた。
背中のあたりからだ。
は不思議に思うと
先生にわからないようにゆっくり振り返った。
其処には、隣の列の、一番後ろで
自分の席から丁度4つ後ろの席に座る、
茶色くて少し長い髪と、
何時も細められている目が特徴的な
不二周助がいた。
彼はと目が合うと、
ゆっくり微笑んで、小さく手を振ってくる。
は訝しげに首をかしげると、
無視をするのも失礼だろうな、と思い軽く微笑んだ。
はそれから視線を教科書へと戻し、
先生が長々と説明した文章と黒板に板書された文字を
一つ一つノートに書き写していった。
長ったるい午前中の授業は終わり、
お昼となった。
は中のいい友人数人と席をくっつけ
お弁当を広げ他愛もない話を興じていた。
「でさぁ、最悪なの!そいつ!!」
「え〜、それマジ最悪じゃん!」
「別れちゃいなよ、そんなヤツなんかと!」
きゃぁきゃあと騒がしく話しの主題となっているのは
の友達の由起子の彼氏の話だ。
なんでも、
つい最近付き合い始めたのに
相手が身体目的で・・・つまり、遊んで捨てられたのだそうだ。
「ねぇ、最悪でしょ
!」
と、由起子はかなり頭にきているらしく
これでもか、とばかりに眉間に皺がよっている。
可愛い顔が台無しだよ、
とは軽く笑った。
「そうだね、やっぱり
縁を切った方がいいよ。」
と続けてが云うと、
由起子は深く頷いて
「もっと綺麗になって
後悔させてやる!!」
とサンドウィッチを頬張った。
「さん、ちょっといいかな?」
それは、放課後の事だった。
はたまたま日誌当番で
下校する仲間とは離れ、教室に残っていた。
「え?あ・・不二君。」
其処へ、彼が来たのだ。
不二周助が。
は一度振り返って入り口のところに居る
不二に視線を向け、声を掛けた人物が誰なのか確認すると
また日誌へと視線を戻した。
きゅっと、近づいてくる足音が聞こえる。
はあまり気にも留めず、
カリカリと日誌の部分、今日の授業内容について書き込んでいた。
「ねぇ、さん。」
今度はすぐ後ろから聞こえてきた其の声。
流石にはびっくりして不二を見上げた。
そんなに、不二は憂いを帯びた表情を見せる。
「やっと・・・こっちを見てくれたね?」
その、薄く開かれた蒼い瞳に
ぞくっ・・との心が震えた。
本能的に感じるこのカンジョウは・・・
恐怖
「クス、そんなに怯えた瞳(め)をしないで。
僕は何にもしないよ。・・・今はね。」
そう言って不二はの前の席に座り、
イスをこちら側に向けて向かい合う容を取った。
は此処から早く逃げたい、という衝動に駆られながらも
不二のその瞳から、視線が逸らせなかった。
パタン、と開かれていた学級日誌は
不二の手によってゆっくり閉じられる。
シャーペンが、コロンと机に転がった。
は落ち着いて不二の姿を見ると
其の姿は制服ではなく、
右胸に『SEIGAKU』と書かれた
栄光あるレギュラージャージで。
洗濯されたばかりなのだろう、白くて
綺麗に折畳まれた後がほんのりとあちこちに残っていた。
教室に注ぎ込む夕日が、
その白いジャージに反射して目が痛いくらい。
は思わず目を細めた。
「不二君・・・今は部活中じゃないの?
何でこんな所に・・・」
は無理やり視線を
不二に閉じられてしまった学級日誌へと移す。
そして書き途中だった其の頁を開くと
机に転がったシャーペンを持ち続きを書き始めた。
不二はその光景に目を細める。
ふ、と不二の角張った指が
シャーペンを持つの手に触れた。
は驚いて其処を見るが
顔だけは上げなかった。
「綺麗な指をしてるね、さん。」
不二はそう言って何度か指を撫でると
そっと手を引いた。
残されたの手には、
撫でられていたあの感覚と不二のぬくもりが微かに残っていて。
はしずかに顔を顰めた。
「僕、今日は君に御願いがあってきたんだよ。」
不二の声だけが、
二人しか居ないこの教室に良く響いた。
は震える指でシャーペンを持ち直し、
続きを書き始めた。
ギッという、何かが軋む音と共にかぶさる影。
思わず顔を上げた先にあったのは
不二の整った顔だった。
は驚いてさらに目を見開くと、
不二はふふっと微笑を零した。
それから、視線はに潅がれて。
は、恐怖心で一杯で
頭の中が真っ白になった。
こんな人、知らない。と――。
「君に、テニス部のマネージャーになって欲しいんだ。」
呟かれた言葉は
あまりにも残酷な物で。
シャーペンが、再びカタンと
机の下に、落ちていった。
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