俺は、君を守る事が出来なかった
 役 目






夕焼けが落ちる夕暮れのコートで、
テニスの練習を行う沢山の部員達。



ボールを相手コートに打ち返したり、
周りに転がっていったボールを拾ったりと
そろそろ部活の終わりの時間を告げるチャイムが鳴るまで
彼等は部活に集中していた。




「氷帝!氷帝!!」



ボールを拾いながら掛け声の練習を
するかのように、そう繰り返すレギュラー以外の
少年たちは声を張り上げていた。


コートの一番奥、
部室棟に近いその場所で
一人その光景を満足げに見つめる人物がいた。




彼は、そう。
この氷帝学園テニス部の部長でも有り
200人の部員の中で頂点に立つ

跡部景吾

その人だった。




彼は少し首を動かして、
部員達にドリンクやタオルを渡しているマネージャー
を見た。


元気そうに動く彼女を見つめて、
跡部は誰にも見せた事のないような
優しい瞳で彼女を見つめた。












活気溢れる部活も、
部活終了の一斉チャイムで
今日の練習が終わりの時刻になったことを告げ、
一年生を中心に片付けと整備が始まった。


レギュラー陣は着替えをする為に、
レギュラー専用の部室へ入っていく。
跡部は一番最後に入り、
それまでの間、を見つめていた。

はそんな事に気付かず
残りの部員達と片付けをしていた。









やがて部員達の着替えも終わり、
ゾロゾロと校門から出て行く。
跡部は忍足や岳人などと話をしながら
車の待つ場所へ歩みを進めていた。



やがて車の近くにきたとき、
跡部は彼等と別れ、乗ろうとした
その時丁度が校門から出てきたところだった。


跡部はその姿に気付くと乗りかけていた身体を
車から出し、に声を掛けた。


「おい、。」


彼にしては何時もより“毒気”の抜けた声であって
声を掛けようかどうしようか一瞬悩んだ割には
しっかりと声が出ていた。

経験上そんな簡単なものであるはずの事が
一人のとある女を前にするとできなくなってしまう。


正直、こういう“初々しい”自分がうっとおしかったりする。





「あ、跡部。部活お疲れ様」



はニコっと笑って跡部を見る。
部活中はポニーテールになっていた
少し長めの黒い髪の毛がサラサラと風に流されていた。


綺麗な人だ



無意識に、自然にその言葉が頭をよぎる。





「折角だ。乗ってくか?」


あぁ、どうしてもっと優しい言い方が出来ないのだろう。
どうしても上から言うような言い方しか出来ない。

跡部はちっと心の中で自分自身に舌打ちをした。


は少し驚いたような顔をした。
それから小さく笑って


「珍しい事云うね、跡部。でもいい。
 今日はちょっと寄りたいところがあるから。」


跡部に微笑みかけた。






「・・・そうか。じゃぁまた明日な」


「うん。ばいばい」








は笑いながら手を振ると跡部に背を向けて歩いていく。
跡部はしばらくその後姿を眺めて、
紅くなってしまったと思われる頬に右手の甲を当てた。





「チッ、かっこわりぃ・・・」




どうしてこんなにオクテになるのか解らない。








あの笑顔は反則だ。
あの優しさは反則だ。
あの声は反則だ。
あの瞳は反則だ。






アイツの事を考えると
それだけで心臓が早くなる。



好きだ

好きだ。






そのたった一言がいえないのは
自分の中にある、妙なプライドの所為だと解っていた。



だから余計もどかしかった。









明日は、もっと優しく接しよう。


せめて俺だけを見てくれるように。









跡部はそんなことを考えながら車に乗り込んだ。










秋の肌寒い風が火照った頬を撫でた。




































「なぁ、跡部。今日は休みなんか?」



翌日の部活中、
何時も一番初めにくるがこなかった。


忍足は部長である跡部なら
理由を知っているはずだと踏んでそう問うたのだが
実際、クラスの違う跡部にはわからなかった。




なら今日休みだよ?」



突然の言葉に驚いて二人が
振り向くとと同じクラスの滝萩之介が
いつものように観客席の塀のところに身体を預けていた。



「滝・・何時からそこにおったんや?
 全く気配感じられへんかったやん」

忍足はビックリした拍子にずれた眼鏡(と言っても度のない伊達なわけだが)
をかけなおしながら言った。

滝はフフ、と笑うと
ゴメンね、と謝った。


が休み?何故だ」



“休み”という言葉に眉根を寄せた跡部は
滝に問う。
滝は首をかしげると知らないと言った。



「それがさ、理由が解らないんだ。
 先生は何にも言ってなかったし」


「そうか・・」



その日はマネージャーを一人欠いての部活だった。

跡部は何かモヤモヤしたモノを抱えての部活だったが
監督や他の者には何も言われなかった。







の欠席はその後も続き、
やがて二週目を迎えようとしていた。


その間、跡部は何度かの携帯や家に連絡をとってみたのだが
携帯の電源は入っては居らず、家のものは何も答えてはくれなかった。



















とある、秋の良く冷える日。
跡部は珍しく車を使わず帰路をたどっていた。
理由はと同じ道を歩きたかったから。



跡部はが欠席を始めてから
徐々に元気を無くしていた。
何時もの自信に満ち溢れた瞳は弱く
どこか遠くを眺めるように曇っていた。


そんな跡部を心配してか、部員たちは
引退後してきた後輩の指導を早めに切り上げて帰るように
跡部に言った。




そんな理由もあって跡部はこうして一人
歩いている。






首に巻きつけたマフラーを引き寄せて
侵入してくる風に抵抗しようとした


瞬間












ドンッ












「あ・・っ!」




角を行き勢い良く曲がってきた中年のオヤジと正面からぶつかった。
跡部は立ったままだったが、
中年のオヤジはぶつかった瞬間に落とした茶封筒から出た四角い
紙のようなものを必死にかき集めていた。



跡部はそれを呆然と見ていたが、
その時強い風が吹いてその四角い紙が捲れた。





それは紙ではなく、写真だった。









其処に写っている映像に
跡部は目が釘付けになった。



体中を熱が駆け巡る。



中年のオヤジはその気配を察知したのか逃げようとした


現役でスポーツをしている跡部に勝てるはずが無かった。












思い切り胸倉を掴んで押し倒す。
そのままの勢いでオヤジの左頬を思い切り殴りつけた。

今まで感じた事のない感触だった。



「ガッ・・ガハッ・・」


硬い何かを殴ったように掌は痛んだが
そんなことは怒りが忘れさせてくれた。


跡部は何も言わず殴りつづけた。


血にまみれても、
オヤジがどれほど許してくれと懇願しても
殴りつづけた。







「ッ跡部ェ!!何しとるんや!!!」


ガツ、と振り上げた腕を何者かに止められた。
その腕を止めていたのは、忍足だった。


「離せ、侑士!コイツは・・・!」




止めていた忍足の腕を振り払おうともがき、
跡部の腕は忍足の顔を打った。
その拍子に眼鏡が落ちたが、
忍足はひるむ事無くまた腕を押えつける。




「跡部!落ち着けや!おっさんが死んでまうやろッ!!」

「・・・・ッ!」





その忍足の言葉で跡部の動きが止まった。
悔しそうな顔を残して、跡部は腕の力を抜いて立ち上がった。
跡部が殴りつづけた事によって、すでにオヤジは気を失っていた。



忍足はまだ緊張しているようだったが
力の抜けた跡部の腕を離した。










「・・・跡部、何があったん?」


忍足が呼んだ自分の家の車に乗り、
家に向う最中忍足がそう聞いた。

気を失ったオヤジは
忍足の父親がいる大学病院へ先に運んだ。




跡部は何も言わず、一枚の写真を取り出した。






「何や・・・これ?」








そこに写っていたのは
手足を縛られた一人の女性が写っていた。


白いワンピースを着て、
酷く怯えた瞳をしている。




その女性は・・




「これ・・・やないか!!何で・・」




そう、それはだった。
二週間前から姿を消していた、その少女は
酷く怯えていた。

跡部は、何も言わなかった。

奇妙な写真だった。






















その後、警察の事情聴取により
跡部が殴っていた男性が連続誘拐犯だという事がわかった。


誘拐するのは髪の長い女学生ばかりで、
誘拐してはコスプレの写真を撮り幽閉していた。




は、不運にも第四番目の被害者になり
事件最後の被害者になった。












発見、保護された時、
すでには瀕死状態だった。




跡部が病院に駆けつけるとは薄く目を開いて
跡部を見つめる。




「あ・・とべ・・」



涙が溢れてくる。
生命維持装置の音すら、五月蝿いと感じる。




弱弱しい手を握り締め、
跡部はを見つめた。



「俺、お前が好きだ。
 だから・・・俺様を置いて逝くなんて許さないからな」





そう言った跡部に、は笑いかけた。

あの日、が校門で跡部に見せた笑顔と同じ笑顔で。




「私も・・・好きだった・・・」






は、小さく息を吸い込むと、目を閉じた。




それっきりだった。




は呼吸をしなかった。




跡部は、の力のなくなった手を強く握り、
初めて声を出して泣いた。



好きだった。



お前も好きだった。




もっと早くに伝えればよかった。


こんな事になるなんて解っていたら
つまらない自分のプライドなんて無ければ



君を失わずに済んだかもしれない。












「嫌だ・・逝かないでくれ・・・・・・・」











好きだった。


すごく愛してた。












だけど、俺は君を守ることが出来なかった。