また、此処で君達と。
卒 業











黒くて艶のある筒を握り締めて空を見上げた。



その中には『祝 卒業』と書かれた
一枚の意味の篭った紙が入っている。








「もう卒業だね、桃。」




雪が溶けて、小さな華の芽が
ポコポコと顔を出し始めた地面の上で
軽くそれらをつつき、
自分の隣で座り込む桃城を見下ろした。






「あぁ、早いもんだなぁ・・・」





ポツリ、と呟かれた声に
いつものあの元気で活発な様子は無く。

ただ、空っぽになったような
フ抜けた声の調子が耳に届く。






桃城の学ランのボタンは
先程の騒ぎ
(後輩中心の女子生徒に囲まれてキャーキャー五月蝿かった)
で一つも残っていなかった。


は流石テニス部。


と、妙な所で感心してしまった。









「寂しいのかい?」





暖かそうな陽気とは逆に
ひんやりと冷たすぎる風に
耳がヒリヒリと痛い。





丘から見下ろすこの景色は
とても綺麗だ。





でも、この景色とも今日で







「ったりめぇーじゃねぇか。
 は寂しくねぇのかよ?」







サヨウナラ。









「寂しいかなぁ〜・・・
 色々とさ。」








小さな記憶は
やがて大きな物となる。






隣で座っていた桃城も
重たい尻を持ち上げてゆっくりと立ち上がった。




桃城の、さわやかな匂いというのだろうか。


テニスをやっていた、
現役のあの頃の名残でスポーツマンっていう匂いがする。









は桃城にばれないように小さく微笑んだ。







「色々?色々って何だよ。」





桃城のボタンが無くなった学ランが、
Yシャツを残してはだけたように
パタパタと冷たい風に靡いた。










半年前は、コレがあの青学レギュラージャージ
だった事を思うと、
とてつもない寂しさと失望感に苛まれそうになる。















桃城はそんな事を考えながら
パタパタと風に翻る学ランの端を掴んで引き寄せた。










は静に俯くと
卒業証書の入った筒に視線を落とす。

胸についた『祝 卒業』
と書かれた赤と白のリボンが目障りなほど自己主張してくる。


は何となく其れを手で覆った。











「色々・・とだよ。」












まるで。








まるで迷子になった子供のようだ。








一人になった寂しさを
隠すことができずに俯くだけ。

こんな時考えるのは
常に傍にいた家族の事。





今回は、家族が友人に摩り替わっただけなのだけれど。










俯いたの横顔に、
の髪の毛がかかる姿を横目で見ると、
桃城は何となくポケットに手を突っ込んだ。






今まで貯めに貯めた(別に貯めた訳ではなく、
食べる度にカスを入れていた)
飴やらガムやらチョコやらの塵がカサッと音を立てた。







視線は遥か遠くを仰ぎ
心は過去の過ぎ去った、
あまりにも楽しすぎた記憶を仰ぐ。






桃城は静かに目を閉じて
冷たい風に耳を澄ませた。












「また、いつか会えるさ。」











耳がヒリヒリと痛む。

心と同じくらい。













は桃城の其の言葉に
顔を上げると、
目を閉じたままの彼の顔を見た。












桃城は、
気付いていなかったのだけれど。








「・・・うん・・そうだね。」








彼女が寂しそうに微笑んでいるのを。







見えなかったから




解らなかっただけなんだけど。



















「・・・じゃぁ、そろそろ俺行くから。
 この後テニス部で送別会なんだとよ。」







やがて桃城は目を開けた。



紫がかった綺麗なひとみだな、と
は静に思った。




桃城は軽く伸びをする。




ボタンのついていない学ランから
白いワイシャツが見えた。







は軽く微笑みを浮かべると
小さく手を振った。













「じゃ、また会える日まで。」









「おう。」











中学生時代に別れを告げよう。


今度は、先に卒業していった先輩達の待つ、
高等部へ進む為に。





仮令、違う学校へ行く事になったって。





この想いは変わらないから。














ずっと、好きでした。桃。




ずっと、好きだった。




















「・・・じゃぁな。」



「うん・・。」


















桃城は緩やかに微笑を作ってみせる。
も、その微笑に応えた。







彼等は背を向けて
それぞれ歩みだした。









彼等の未来へと。
















――――そして、それから一ヶ月ほどして
桃城はが結婚したと聞いた。






相手は、の父親が経営する会社の
お得意様の坊ちゃんだそうで。


いわゆる、政略結婚というものだった。