呼 吸 困 難 















放課後、生徒会室の窓から見る夕焼けが好きだった。
中学最後の年に、まさか役員になるとは
思わなかったけど、会長が手塚であるのは嬉しかった。
願っても見ない事だったから。






生徒会室からはテニスコートが見える。
そこには何時も彼の姿があって。
何だか凄く羨ましくなってしまう。







手塚を捕らえて離さないテニスと
それを囲む、暖かい仲間。




テニスをしている時の彼は
本当に楽しそうだ。
無表情だから解らない、という人も居るけど
雰囲気が違うんだよね。



確かに彼は笑わないけど
あぁ、楽しんでるんだなっていう感じが凄くする。
委員会の仕事をしている時よりも活き活きしてるなぁって
思うのは、きっと私だけじゃないはずだ。







「さぁて、片付けますか〜」






ストーカーになりそうな自分を抑え、
振り返って生徒会室の机に散らばった
今度の総会の資料に手をかけた。











開け放った窓からは
手塚の声が聞こえる。
あぁ、青春してるんだな、なんて事を考えながら
自分も何かの部活に所属していればよかった、なんて
今さらな後悔も少し生まれたりする。



手塚には悪いけど、この部屋に入ってきて欲しくない。
それは自分が手塚の事を嫌い、というわけじゃなくて、
彼が傍に居ると、一緒に居ると息が出来なくなるから。






叶わない恋をしたのも、青春だと思う。






パチン、とホッチキスをとめると
無愛想に歪んだプリントが一冊の冊子になった。





私は淡々とその作業を繰り返す。
でなければ、手塚が部活を切り上げてコッチにきてしまう。
そうしたら、私は息が出来ない。







もくもくと冊子をつくり、あと十数部で終る、
と一息ついたとき、教室の扉が開いた。





「・・?」





聞きたいけど、聞きたくない声が響いた。
凄く凛とした低い声。







「・・・お疲れ様、手塚」








扉を開けた人物は
来て欲しくないと願った手塚だった。
制服を着た姿は、部活が終ってここにきたことを示していた。






手塚は私の手元にある
プリントの山を見ると、驚いた顔をして
全部一人でやったのか、と聞いた。
私はその質問に首を縦に振って答える。




「すまないな、一人でやらせてしまって・・・」




部屋に入ってきながら謝ってきた。
彼の手にはクリアファイルが握られている。
多分、議案書のまとめが入っているのだろう。

部屋に入ってきた手塚はテニスバッグとカバンを
冊子やプリントで散らかる机の端に置いた。
一瞬だけ、手塚の顔が近くなって思わず身体を後ろに引いてしまった。




「大丈夫。後少しで終るから」



真っ赤になりながら答えた私の声は
思いの外うわずってはいなくて、少しほっとする。
手塚は私の様子に気づいていないのか、
小さくそうか、と答えると机の端にあるカバンから飾り気のない、
ペンが5本位しか入らないようなペンケースを取り出して
そのまま私の向かいの椅子に座った。


椅子のこすれる音がして一人しか使っていなかった机には
蛍光灯の弱い光で二人分の陰が出来る。
手塚を直視出来なくなった私はその陰を見つめていた。



私はドクドクと五月蠅い心臓の音が
手塚に聞こえないようにホッチキスに手をかけて
残りのプリントに向かった。


静寂は、すぐに訪れて、
生徒会室にはホッチキスの音と手塚のシャーペンの音しかしない。




静かだ。
静かすぎて息が出来ない。




部活終了後の学校は別の場所みたいに静かで、
居心地が悪い。静かなのは好きだけど、
居心地が悪いと感じるのはきっと、
今目の前にいる彼のせいだ。




何でも無いことの筈なのに、
身体全部がアンテナみたいに彼の気配を拾っている。




苦しい。





「…





気分が少し悪くなってきた頃、
シャーペンを走らせていた手塚が不図思い出したように声を出した。
私は驚いて素直に顔を上げた。
目の前には手塚の顔がある。



……呼吸が。



心臓が五月蠅い。



「何?」



絞り出した声は出した自分でも分かるほど小さかった。




「いや、この議案書なんだが…」




そう言って渡された紙には
先程まで手塚がシャーペンを走らせていた文字が
ズラズラと列をなしていた。
几帳面な文字。
大人な字を書くんだな、なんて暢気に
窒素寸前の頭で考えた。




視線を手塚に移さないで
私は首をかしげる。




「・・・これが何?」

「変じゃないか?」




最終確認といった所だろう。
私に聞いてもあまり参考にはならないけど
此処に居るのが私だけだから仕方ないのだろう。



「変じゃないよ」


私はそれを肯定するように首を縦に振った。
そして紙を手塚に返す。
顔は、上げなかった。



だけど、紙を渡したはずの腕は
何故か手塚の手の中にあって。
ギョッとしたのと同時に腕を引いたけど、
逆に力を入れられて元に戻せなくなった。




「・・っなに」


「何故俺の顔を見ないんだ」


「そんな事ない・・・」




心臓が爆発しそうに動いてる。
熱い。手塚につかまれた部分が熱い。


今、きっと顔は真っ赤になっているんだろう。





私は必死になって腕を引っ張ったけど、
やっぱり非体育会系の私は手塚に勝てる分けなかった。






「や・・・」




やめて、と口を開こうとした時。
私の顎に何かが触れた。
それに力が入ると、私の顔は私の意思とは真逆に
顔を、手塚のほうに向けていた。



手塚は私の顎に添えた手に力を入れると、
私の視線を捕まえた。








あぁ。





息が出来なくなる。








「・・・・・」





その時の手塚の声は
熱っぽくて。
どうしていいのか解らないけど、
私には抵抗する力なんて残っていなくて。












アタシは、彼の瞳に
彼の存在に囚われたまま
息が出来ない。