例えばね・・・
うん。
例えば、そうだね・・



仮令



この世界。

何か一つだけ
完全に、
誰の記憶にも残らないような、
本当に何処にも、何も残らないように
消し去る事ができるコトがあるなら・・・



君は何を望む?




「何してるの、リドル。」


人気の少ない図書室。
本に没頭していたリドルは不図声をかけられる。

「やぁ・・か。」





本に夢中になりすぎて
気配を感じ取れなかったのか・・・

我ながら間抜けな出来事に
リドルは少女、を見るフリをして微笑んだ。






「はは、リドル。
 自分を笑いたいなら、アタシの所為にしないで笑いなよ。」





は微笑をリドルに向けると、
静に向かい合うように椅子に腰掛ける。
肩にかかった黒い髪の毛が
さらさらと流れた。
優雅な姿がリドルの紅い瞳に映った。





「何だ、君には分かっちゃうんだね、
 気が抜けないな・・・」





リドルは本を机の上に置くと、
少し伸びてきた前髪を煩わしそうに手で
横に流した。



はその様子を目を細めて見つめる。
リドルは本に再び目を落とすとパラリと頁を捲った。



「何読んでるの?
 また闇魔法について?」


まぁ、暗いコトです事。
は嫌味ったらしく付け加えて
窓の外を見つめた。




―――空は蒼い。
    何処までも。―――



リドルは其の様子を
本から少し視線を外し、
チラリ、と見た。






の横顔。







何故か、目を離せなかった。




「闇魔法・・・。
 僕が一番興味あることだね。でも・・違うよ。」





リドルは本を傾け、
にその頁が見えるようにしながら応えた。
声には、少し優しみの篭った、闇の混じる声。






それは、時として彼女を鎖で羽交い絞めにする凶器。

それでも、
捕まえられないのは―――






「何だ、絵本?珍しいね。」




クスクスと可笑しそうに笑う
口元に手を押え、闇を含んだ笑い方をする。
リドルはその笑いにうっすら微笑みを零すと
本――絵本を手元に戻してまた一枚頁を捲った。




「珍しい・・・かな。 
 僕でもこういう本を読みたくなるんだ。」



パラリ、と乾いた紙が捲られる音。
優しい音が図書室のこの一つの空間を静かに満たした。







その頁。


僅かながらにある挿絵は血と骨と、廃屋の描かれたもの。
中心に立つ人骨の上に立ち、月光の光を浴びながら微笑む一人の少年。




「リドルみたいだね。」





ポツリ、と呟いたの言葉。
静過ぎるこの空間にとても響いた。






「何故?」




其の頁からは何のカンジョウも感じられない。

ただ、“死”と“恐怖”と“絶望”

この三つのカンジョウ以外は。










はその問いに視線を本からリドルの顔へ向ける。
蒼い瞳が、寂しそうに揺らいだ。




「そんなの、リドルが一番知っているでしょ。」



唇が微かに動く。はっきりとは聞き取れない言葉。
だけどとても耳に付く。
は其れ以上は何も言おうとしなかった。



リドルは真直ぐ見つめるの視線から逃れるように本へ視線を落とす。
相変わらず、その不気味な挿絵は目に飛び込んできた。








――『この世界。
   何か一つだけ
   完全に誰の記憶にも残らないような、
   本当に何処にも、何も残らないように
   消し去る事ができるコトがあるなら・・・



         君は何を望む?』―――










「・・・異常だね。」




特に意識はしなかった言葉。


今の、僕はとても異常だ。まさに、この挿絵のように
人が死に、其の屍の上を微笑んで歩くような事を望む・・・


そんな狂い。






「ねぇ、。君は―――」





―――君はこの世界に、
滅ぼせる事ができる事が一つだけあるなら、
一体何を望む?―――――





「そうだね・・。
 例えば・・・うん、例えば、そうだね・・・」



は、そっと目を伏せた。






























ある秋の、よく冷える日。



広い荒野にポツリと横たわる一つの屍。
血を流し、微笑む白い、白い死体。


「消し去る事が・・・できるなら。」


その屍を見下ろしゆっくり微笑む
あの、挿絵のようだと謳われた少年。


「どうして・・・そんな事を・・・。」




――――『消し去る事・・・
     そうだね・・・うん、例えば・・・
     アタシかな。
     広がりすぎる前に、この闇を消し去りたい。
              ・・・それかな。』――――








優しく微笑んだ少女と少年は、あの頃から卒業し、
それぞれの未来へと進んでいくはずだった。








只、少年の始まりが
唯一愛した少女の命を絶つことから始まり、
少女の終わりが
唯一愛した少年に、消し去って欲しいと望んだ結果だった




只、それだけの事。







「ねぇ―――
 僕はこれでよかった?
 君は本当に、これでよかった?」





少年の頬を伝わる温かい液体。
冷たい声に含まれた精一杯の優しさ。



それは、時として彼女を鎖で羽交い絞めにする凶器。





それでも、
捕まえられないのは―――



少女が少年より先に死を選んでしまうから