忘 れ て た 甘 い 夢
思い出せば君の笑顔が見える
体中べとべとになりながら、走った。
もうどの位休んでいないのかなんて解らなかった。
ただ、今は走らなくちゃいけない。
誰かに見つかるかもしれない。
誰かが追いかけてくるかもしれない。
誰かに会えるかもしれない。
恐怖と悲しみが混ざり合って
アタシは思わず狂いそうになった。
怖い。
誰かを殺さなければ
自分が殺される。
涙が自然と流れていたけど
それも分からなかった。
大分走ってきた森の中で
不意に何か、胸騒ぎがした。
それがなんだったのかは分からないけど
だけどそれが今、自分の近くにあるような気がして。
気付いたら足は勝手に動いていた。
瞬間、大きな曲が流れ始め、
今はもうすっかり慣れてしまった放送が始まった。
アタシはひとまず足を止めて放送に耳を向けた。
今日は、確か2日目だ。
もう2日目?いや、まだ2日目?どっちだっていい。
凄く疲れていた。
修学旅行だと張り切ってきたのに。
皆といける最後の旅行だと楽しみにしてた。
彼にこっそり告白しようとか、そんな些細なことまで
友達と計画を立てていた。
その友達も、もうこの世には居ないんだけど。
バスの中で感じた眠気は異常だった。
不思議に思いながらも眠気には勝てなくて
次に眼を覚ましたら
そこは、ただの地獄のプログラムが待っていた。
放送が終るまで、その場でじっとしていた。
今の放送で、もう半分以上の名前が告げられていて
その中に彼の名前が無かった事は幸いなのだろうか。
彼も、人を殺したのかもしれない。
不図した不安がよぎる。
彼を探そうとしている自分はあえて危険な道を走っているのだ。
彼は頭のいい人だから
もしかしたら生き残る為にたくさんの仲間を手にかけているかもしれない。
あぁ、何だか怖いや。
あんなに好きだと思っていたのに
そんな事、考えたらどうしようもなく怖くなってきた。
アタシも、死んでしまおうか?
昨日見た、クラスでも仲の良かった女子2人が
朽ち果てた家の中で毒を飲んで死んでいたように。
だけど、アタシの武器はそんなに可愛い物じゃなかった。
こんなの、持っていて如何しろというのだろう。
人を殺す為の道具とでもいえる。
まぁ、このゲームに参加した時から
自分の所有物は全て武器ともなるのだからどうともいえないのだけど。
「拳銃なんて、物騒だよなぁ」
アタシの手の中にあるのは
簡単に人を殺せるアタリ武器。
アタシが望んだのは、こんな事じゃなかったのに。
もっと、平凡な世界を望んでた。
中にはこういう世界を求めていた人間も居たみたいだけど
さっきの放送で名前が呼ばれていた。
この世界では、生き延びる事が第一優先なんだ。
もっと、静でよかったんだ。
修学旅行で写真をとって、現地の物を沢山食べて
お土産を買って、夜には友達と恋話とかして。
そして、告白だって考えてた。
淡い夢だったんだ。
なんでもない普通の事が
どこか遠い国の話に思える。
いっそ、狂ってしまいたい。
だけど、この手で誰かを殺す事はしたくなかった。
後少しで卒業だったのに。
ねぇ、今、どこで何をしてるの?
人を殺してる?
瀕死で居るの?
クラスメイトでしかないアタシを殺すだろうか。
「・・・切原君・・・」
名前を口にしたら、身体が熱くなった。
そこまで好きだったというわけではないのだけど
何故か、彼が生きているというだけで喜べる気がしてしまって。
逢いたい。
仮令、彼が、切原君がアタシを殺すとしても。
どうしても、逢いたいんだ。
想い続けた二年間を無駄にしたくない。
彼がテニスで頑張ってる姿を見るのが凄く好きだった。
授業中眠たそうにしてるのが好きだった。
休み時間友達とふざけあって笑ってる顔が好きだった。
楽しそうに過ごしてる、雰囲気が好きだった。
甘い夢みたい。
そんな風に思ったのも、きっと遠い過去の話だ。
重たいカバンを肩にかけなおして足を進めた。
流れていた涙は止まって、今はベタベタした感触だけが頬に残る。
それでも此処に居たら誰かに攻撃を受けかねない。
幸いな事にアタシはまだ誰も殺してない。
だけど、ここまで残った人の名前を考えてみると
イヤでも誰かを殺して残ってきたと思えてしまう。
クラスメイトなのに、偏見なんて。否、クラスメイトだった、か。今は。
見上げた木々の枝の間から日が差してきて
涙が出そうなくらい平和的で。
この島で、もう何人も死んでるんだ。
そう考えたら、こうしてノコノコ生き残ってる自分が馬鹿らしくも思えた。
生きたい。
けど
生きたくない。
もし生き残ったとしても、皆に会えないのだ。
何処を探しても、テニスコートを見ても
教室を端から探しても。
皆、居ないのだ。
そんな世界にアタシは生かされたくない。
強く眼を閉じた瞬間だった。
背中からお腹にかけて急に違和感が。
驚いてソコを見ると
アンテナみたいな細い棒が見えた。
あぁ、コレは矢ってヤツですか。
それを見たら、急に痛みが走った。
思わずうめいてその場に倒れ込む。
誰がやったかなんて解らない。
だけど、その誰がアタシのカバンを持って走り去っていくのは見えた。
あの背中は、見覚えがある。
いつかアタシの事を嫌いだといっていた彼女だ。
アタシを狙っていたんだろうか。
その通り、彼女はアタシを仕留めた。
多分、先は長くは無い。
アタシだって十分な武器を持っていた。
その武器を彼女は持っていった。
よかったね、アタリだよ、それ。
油断しすぎていたんだ。
馬鹿だなぁ。これじゃ、あえないよ。
会う前に、終っちゃうよ。
「・・・切原・・君・・。」
苦しかった。
痛かった。
仕留めるなら、もっと急所を狙ってくれれば良いのに。
態々苦しむように半端な所を選んだのだろうか。
まったく、いいこと無いな。
眼を閉じたら、浮かぶのは彼の笑顔。
凄く、眩しかったんだと思う。
何とか仰向けになって、さっきまで見上げてた木々の間の光を見つめた。
矢を抜き取ったその場所が痛くて、血が沢山出て服を紅く染めていくのを感じてた。
「・・!!」
凄く眠たくなって、眼を閉じようとしたその時。
目の前に彼の顔が現れた時はビックリして
ゆっくりになってた心臓が少し早くなった。
「・・き・・りはら・・君・・」
普通に声を出したつもりだったけど
凄く脆弱で空気が抜けるような声だった。
それで再度確信する。
もう先は長くないと。
切原君はアタシを抱え起こすと
支えてくれた。
焦った顔をして、アタシの制服が赤く染まっていくのを見て
止血しようとしていた。
だけど、アタシはその手を止めさせる。
「何やってんだよ・・っ、血を止めなくちゃ・・・」
何時も冷静な彼が
こんなに慌てるなんて。
少しの優越感を抱いたのは罪だろうか。
彼の制服には、アタシの血以外、
汚れた物は無かった。
彼は、人を殺しては居なかったのだ。
それが何だか嬉しくて、アタシは口角を上げて
何とか笑った。
「・・何、笑ってんスか」
それを見た切原君は
眼を見開いてアタシを見つめてた。
その眼に映る自分の姿はあまりにも弱弱しくて。
なんていうか、こう、風前の灯とでも云うのだろうか。
消えてしまいそうだ。
「アタシ・・ね、修学旅行、楽しみだった・・んだよ」
テニスで鍛えられた彼の手がアタシの手を掴んで
その力強さが逆に痛くて
アタシには妙にこの世界がリアルに見えてきた。
白黒の世界なんて要らないよ。
「・・どうせ食べ歩きとかそんな事しか考えてなかったんだろ」
そう言って笑った切原君の顔が無理矢理笑った笑顔で
眼には涙が溜まってて。
泣かないで、なんていえないけど
何となく寂しくなった。
彼を一人にさせてしまう。
恋人でも何でもなかったけど
一人にさせてしまう事が寂しくて
やだなぁ、今日は泣いてばかりだ。
「うん・・みんな・・で、騒ぎたか・・たんだ・・それだけで・・よかったのに・・」
あぁ、云いたい事がまとまらないよ。
もう、声を出すのでさえ苦しい。
眼を開けてることも。
何だか、見えなくなってきたよ?
あぁ、もうあたしの命は消えるんだ。
「・・・帰ったら、二人で食べ歩きしようよ」
そう言って、切原君は泣きそうな笑顔をくれた。
アタシの身体を支えてくれてる腕が温かくて
その感覚にしがみついてる事が、やっとだったけど。
「約束、だから」
あぁ、そう言えばいつかアタシ云ってたね。
新しく出来たショッピングモールの近くに美味しそうなお店が沢山あるから
いつかあの人と行きたいね、って。
まさか切原君が聞いてるなんて思ってなかったけど。
「が行きたい所、何処でも行こうよ」
そう言って笑った頬に、綺麗な雫が流れた。
あぁ、泣かないでよ。
アタシも泣いちゃうから。
「だから・・・死ぬな」
うん。行きたいな。
だけど駄目みたい。
もう、木漏れ日も見えないのよ。
感覚も無くて、指先から細胞が死んでゆくのが解る。
アタシはもう、切原君の涙を拭う事も出来ない。
「・・ゴ・・メン・・・ね・・」
「何謝まってんスか」
「まもれ・・ないよ・・・約束・・」
咳と共に出た紅い液体を見て
切原君の顔は強張ったけど
それ以上に悲しそうな顔をするから
アタシは動かない腕を必死に動かして
彼の、切原君の腕を掴んだ。
「子供みたいだって、笑うかもしれないけど」
その腕を、切原君はちゃんと握り返してくれて
「俺、のこと好きで、好きで、この旅行で告白したかったんスよ」
そっと、頬に手を当てさせてくれて
「気付くとの事ばっかり考えてて、でも俺、恥ずかしくて何もいえなくて」
血に染まったアタシと切原君の手が
「そんなの、小学生みたいだろ?笑っちゃうよな」
切原君の涙に濡れて、微かに熱を持つから
「・・・本当に・・・好きなんだよぉ・・・」
泣き崩れる彼の姿が痛くて悲しくて。
本当に、涙が止まらない。
アタシは、この人にあえただけでも幸せだったんだ。
15年間生きてきた中で
こんな悲劇的な終り方をするなんて思わなかったけど
だけど。
どうして、こんな最後なんだろう?
もっと早く気持ちをぶつけて居ればよかったかもしれないのにね。
そうしたら、こんな最後に切なくなる事なんか無かったのにね。
ねぇ、切原君。
アタシ、死ぬのが怖くないんだよ。
君の腕の中で逝けるなら、幸せな事だから。
泣かないで。
君が生き残る事をアタシは祈ってる。
「・・・アタ・・シも、好きだった・・ずっと・・」
笑ってよ。
アタシが大好きだったあの笑顔を見せてよ。
「・・・赤也・・・」
目を閉じれば浮かぶのは君の笑顔で。
きっと、もう眼を開けることは叶わないけど
夢の中でアタシは甘い夢を見つづけるんだろう。
叶わなかった修学旅行のこととか
これから訪れる受験勉強のこととか
切原君のテニスの試合だとか。
君の笑顔は忘れない。
「・・・・・・」
光を失ったアタシの瞳に
彼の泣き濡れた笑顔が映った事に
アタシは気付けないままで
fin